鬼の生き様

鴨と梅


 文久三年(1863年)九月十八日。
京都島原花街・角屋(すみや)

 広さ四十三畳、角屋一の大座敷である松の間は酒宴が開かれ、たいそうな盛り上がりを見せている。
天候は生憎恵まれずに、今にも降ってくるのではないかと思うほど、空は雨雲に覆われどんよりとしていた。


「芹沢局長、どうぞ」


歳三は芹沢鴨に銚子を向けたが、芹沢はそれを断った。

「…今日は祝いの酒です」

歳三はそう言い再び銚子を向ける。
芹沢の腹心・新見錦が切腹をして鬼籍に入ってから五日。
この宴が執り行われる事と決まったのは三日前の事である。



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 黒谷金戒光明寺。
会津藩が本陣を置く金戒光明寺に歳三、勇、山南の三人が呼ばれた。
以前、芹沢達をどうにかしろ。と公用方の広沢富次郎に言われたばかりである。

「なんで呼ばれたかは分かるだろうが…」

広沢は辛辣な表情を浮かべて前置きを置いた。
やはり呼ばれた理由というのは芹沢に関してである。

「近藤、私はね。
今の幕府にとって、会津にとって今、貴方達は必要だと思うのだよ」

どうも歯に物が詰まった言い方をして、いつもよりも歯切れが悪い。

「芹沢がまたやらかしおった」

 大坂力士乱闘事件、大和屋焼き討ち事件…。
さまざまな悪行は歳三や勇達には勿論、会津藩も知っている。
ついこの間、その責任として新見錦が死をもって責を負うた。
新見の死後、この日も芹沢は市中巡邏に励み不逞浪士を取り締まっている。

今や、かつての暴れ馬、芹沢鴨の姿はなく、尽忠報国の士・芹沢鴨で隊内でも芹沢の評判はうなぎのぼりである。
その芹沢がまた何をしでかしたのかは、まだ壬生浪士組内で話は上がっていなかった。

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