鬼の生き様

 角屋を出ると雨が降っていた。

夜が泣いている。

激しい雨は暗闇の中でも白く見える。
まるでこれから起きる惨劇を予兆するかのような涙雨。

涙雨とは本来、ごく少量の降る雨だが、今宵の雨は隊士一同の涙が束になって降り注ぐ激しく哀しき涙雨であった。

 勇は酩酊状態でいつも通り前川邸に戻って眠りについた。

他の隊士達はまた平助や野口のおかげで、別の店へと行きまだ飲んでいる。


 歳三、山南、総司、左之助は悟られぬようにこっそりと店を出た。

いよいよである。

一旦、前川邸に戻り各々、黒装束に着替えて、頰被りをした。
八木邸の灯りはまだついている。

芹沢は今宵の宴の余韻に浸ってお梅をそっと抱き寄せた。

「こんなに楽しい夜は初めてだ。
お梅、実はなワシは先日、有栖川宮様に拝謁してきたぞ」

お梅は有栖川宮の名前は聞いた事があったが、どんな人物かは知らない。
気疲れか、お梅は眠たそうに長い睫毛を揺らしている。

「幕府と朝廷が手を結ぶ。
すなわち公武合体。
神の国、日本の侍同士が互いに手を結び、力を合わせて攘夷に踏み切るよう、お願いをしてきたんだ」

堅い話はここまでだ、と芹沢は言い行灯の火を消した。

 平山は屏風を隔てた真隣で、吉栄と眠っている。
平間は別の部屋で糸里と眠っていた。

平山の鼾が聞こえてきた。
いつもは煩わしく聞こえるこの声もまた小さな幸福のように感じる。

「ワシは一人じゃない。
お梅がいて、平山、平間、野口…。
そして近藤達がいる。
のう新見…。ワシは今、幸せだ」


芹沢はしばらく目を瞑ると、すぐに眠気が襲ってきた。
お梅の香りが鼻腔をくすぐり、お梅をそっと抱き寄せた。


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