鬼の生き様


「…先生っ…先生ーッ!」

 左之助によって肩を突き刺された平間重助は、大雨に負けぬように大声を張り上げながら芹沢の眠りにつく十畳間の部屋へとやってきた。

血まみれの凄惨な現場を目の当たりにして、胸を鋭いもので貫かれるような衝撃を感じた。

「……芹沢先生」

それきり平間は言葉を発する事が出来ない。

少し前まで酒を飲み交わしていた芹沢の死体には、幾つもの無残な刀傷が刻まれていた。
それも大半は刺し傷だ。

その近くにはお梅の死体が横たわり、平山に至っては首と胴が分かれてしまっている。

吉栄は逃げおおせたのかここには居ない。

特に芹沢に対しては確実に殺害する事を期してか、入念なまでに滅多刺しにしたと見える。
複数の刀でずたずたにされた血まみれの屏風と本人の傷跡がそれを証明していた。


「刺客はどこだ……どこへ行った!」


独りごちるように言った。
八木家の人々は身を竦めて動けない。
惨劇もさる事ながら、平間の凄まじい殺気がそれを強いていたのだ。

「刺客はどこに行ったのだ!
見ていないのか!」

主人の八木源之丞は今夜は留守にしており不在であったが、妻のマサ、そして勇之助と為三郎は平間の形相に対して首を振る事しか出来なかった。
文机につまづいて留めをさされた芹沢の刀があたり勇之助の足は怪我をしていた。

 本当は彼らには犯人の心当たりがあった。
邸宅に踏み込んで来た刺客は覆面で顔を隠していたが、死闘の最中に漏れた声や目元の雰囲気などに覚えがあったからだ。
だがそれを告げてよいものかどうか判断がつかなかった。

いずれにしても争いに巻き込まれるのは真っ平御免である。
口は強く閉ざして、石のように沈黙を押し通し首を横に振った。

「…何故だ」

怯えでも怒りでもなく、無念さを剥き出しにした。
主君の死に顔を見てしまったのだから。

「何故だ!」

気がつけば彼の頬を涙が伝っていた。
平間はそのまま泣き咽び、そのまま姿をくらませた。

それ以降、平間重助という名は歴史の表舞台から姿を消したのである。



〝雪霜に ほどよく色のさきがけて 散りても後に 匂う梅が香〟


──攘夷の魁となって自分は散っていくが、この志は、散った後にも香る梅のように、後世へと受け継がれていくだろう。


芹沢鴨 享年三十六歳であった。

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