同僚は副社長様


十数年前、芽衣の家で初めて彼と出会った時、私は最初、彼のことを『芽衣のお兄ちゃん』と呼んでいた。

けれど、それが気に入らなかった彼は、さっきと同じように『その呼び方は嫌だ』と言ったのだ。

それからなぜか、いつのまにか私は彼のことを『ひーくん』と呼ぶようになっていた。


「ひ、びき…くん」


さすがに昔のように『ひーくん』なんて言えなくて(さっきは不可抗力で呼んでしまったけど)。

絞り出した声に乗せた名前に満足したのか、彼は満足気に頷いた。


『うん、やっぱり美都に呼んでもらえると嬉しいね。』


あれ、さっきまでは『美都ちゃん』と呼んでいたのに。

私が思い出したから、気が緩んだのかな。

私の想像の遥か上を行く展開の早さにあてられて、まだ一杯しか飲んでいないアルコールの酔いが回って来そうだ。


『美都、アルコール弱いでしょ?』

「なんで…」


私の顔色で瞬時に悟ったらしい。

昔と変わらないその観察眼に何も言えない。

響くんは、そういう人だった。私が何も言わなくても、私が思っていることとか求めていることを察してくれて、なんの見返りも求めずに与えてくれた人。


『さっきからずっと話もせずにご飯しか食べてなかったし、もうお腹いっぱいでしょ?俺もここに長居する気は無いし、2人で抜けよう。』


なんて、絶妙なタイミングで抜け出す口実を作ってくれる響くんは、やっぱり昔も今も頼もしかった。


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