Dear Hero
「……本当は、ここに来るのが怖かったんです」

先に口を開いたのは水嶋だった。

「ここって…ここ?」
「はい。ここというか…澤北くんの隣に来る事が、ですね」
「…なんで?」

怖いと言うのなら俺の方だ。
水嶋にあんな事しておいて、もう口もきいてくれないんじゃないかと思っていたから。
なのに、なぜ水嶋が?


「おうちではゆっくりお話しする事ができないですし、でも私、澤北くんを怒らせてしまったので、ちゃんと謝りたくて…」
「ちょちょちょちょっと待って。え、待って俺が怒ってる?」
「ごめんなさい。きっと私、自分の気づかないところで澤北くんに失礼な事していたんですよね。恥ずかしい事に、その原因が自分でわからなくて…」
「待って待って!ストップストップ!俺が怒ってるってどうゆう事?」

慌てて話を遮る。いつどこで俺が怒ったというのだ。
水嶋はぽかんとしている。

「だって…突然、お部屋への立ち入り禁止されてしまいましたし、なんだか避けられているように思って…」
「………」

思い当たる節がありすぎる…。
我慢のために水嶋と距離をとっていた事を、俺が怒っていると思っていたのか?


「怒ってなんかないよ…。むしろ、怒られるのは俺の方だろ」
「…?どうしてですか?」
「だって俺…お前にキ……キス、しようとしたんだぞ」
「……っ」

思い出したのか、顔面発火装置を起動する水嶋。
俺も、まともに顔見れなくて、手すりの上で組んだ腕に口元をうずめる。


「お前も、ああいうの嫌だったらちゃんと言えよ。我慢とかしなくていいか…」
「嫌な訳ないじゃないですか!」
「……」

遮るような大きな声に驚く。
水嶋は一歩近づくと、俺の手を取って自身の左頬に触れさせた。

「私は…澤北くんに触れられて、嫌だと思った事は一度もありません」

右手に感じる水嶋の頬の熱さに、心臓がドクンと高鳴る。
落ち着け、ここは外だぞ。
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