Dear Hero
「………」


なんだか、つまらん。
長年かけてうちに呼ぶまで縮めた距離を、いとも簡単に追い抜いて紺野の笑顔を引き出したもちに、嫉妬心がメラメラと燃え上がる。

「紺野、もう行こ」
「えー…わかった。……あ、ちょっと待って」


耐えきれなくて紺野を呼び戻すと、名残惜しそうにもちの顔を両手で包み込む。

「また後でね、もちくん……わっ」

あいさつ代わりに鼻と鼻でキスをした紺野の口元を、ぺろんと舐めあげるもち。

「……っ!?」


慌てて紺野ともちを引き離した。
勢いあまって尻もちをついた俺の腕の中で、びっくりしたように見つめる紺野。
まるで抱きしめているかのような状況にはっとして、紺野との距離を取る。

「ご、ごめん!服汚した」
「ううん…びっくりしただけ……」
「もちが急に…」
「ね、キスしちゃった」


何とでもないように笑う紺野の手を取り、立ち上がらせた。
引き連れる訳でもなく、足早に玄関に向かう俺の後ろを不思議そうについてくる。

「……テツくん、何か怒ってる?」
「怒ってないよ」
「でも……」
「怒ってないって。ほら、手洗いうがい!」


洗面所に押し込むと、水の流れる音を聞きながら心を落ち着かせる。
こんな事で心を乱してるようじゃ、ダメだ。
とんでもなく自分の器が小さい事に気づいて、ちょっと落ち込む。

「……洗面所、ありがと」


顔を出した紺野を連れて、部屋へ向かう。
静かな家の中で、二人分の衣擦れと階段を昇る音だけが響く。

部屋のドアの前で、紺野が俺の服の裾を引っ張った。

「……どうした?」
「ねぇ、怒ってるんじゃないんだったら、何?」
「何が?」
「急に口数少なくなって、声も低くなって。私、何かしちゃったかな」
「………」

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