Dear Hero
沈黙が続く。
だけど、この手を離したら紺野が帰ってしまうのではないかと不安で離せない。
音のない世界に、心臓のバクバクする音だけが聞こえる。


「……テツくんも、したいって思うの?」
「………」
「………キス」

紺野から発せられる、俺へ向けたその単語に体中がビリッとする。

「……したいよ。紺野の事好きだもん」
「………」
「でも、今はしない」
「……?」
「紺野がちゃんと俺に向き合ってくれるまでは、しない」
「………」
「今日、家に誰もいないんだ」
「……!」
「なんて言ったら、不安にさせるかなと思って言わなかったんだけど。誰もいないからって、そういう事しようと思ってたわけじゃないから」
「………」
「無理やりして、嫌われたくないし」
「………」
「紺野の事、大事だから」


手を離したら、すぐにでも逃げ出してしまいそうに力の入っていた腕から、すっと力が抜ける。
ゆっくりと、紺野がこちらを向く。


「だから、紺野も俺とそういう事できるかって事もちゃんと考えて欲しい」
「………」
「ただ一緒に笑いながら帰るだけの友だちは、もうイヤだ」
「………」
「紺野の、彼氏になりたい」


じっと見つめて伝えたその想いを、紺野は目を逸らさず聞いてくれた。
そっと手を離す。
紺野はもう、逃げない。


「……ありがとう」
「………」
「テツくんの真剣な気持ちはちゃんと伝わってるから」
「………」
「今言ってくれた事も、私も真剣に考えてみるね」
「………うん」
「ひとまず今は……」
「………」
「勉強!勉強するつもりで来たんだから!しっかりやるよ!」
「お、おう……」
「言っておくけど、私スパルタだからね!」
「……優しくして」
「…っ言い方がやだ!」


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