Dear Hero
部屋に通すと、シャキシャキと動いて勉強をスタートさせる紺野。
言い方は少しきついけど、照れ隠しなのかな、なんて思ったり。


ノートに並ぶxやyの記号や公式は、紺野の口から紡ぎ出されると一気に色づく。
ただの文字列でしかなかったものが、意味のあるものに。
公式に当てはめて解き進めていって、解答へたどり着いた瞬間の爽快感。


問題が解けて喜ぶ俺を見て、楽しそうに笑う紺野を見るのが嬉しかった。
もっとがんばろうって思えた。
紺野がいてくれたら、俺はいくらでも変われるって思えた。





大きく伸びをすると、そのまま後ろに倒れ込む。
中間テストの範囲を一通り教えてもらった頃には、俺の頭はオーバーヒートしてフリーズしかかっていた。


「お疲れさま。ちょっと一気に詰め込みすぎたね」

テーブルの上の教科書やノートをまとめながら、苦笑する。

「いや…こんくらい一気にやんないと俺サボるから……」
「もしサボりだしたら、私が叱ってたよ」
「……ちょっと叱られたかったかも」
「………」

寝転んだまま発した冗談と共に、ジロリと紺野に睨まれてしまった。


高負荷を与えて熱くなった頭を冷却するように、ぼーっと天井を見上げる。
何も考えていないはずのに、さっきまで頭に叩き込んでいた公式が脳裏に浮かぶ。
忘れてしまわないように、頭の中から飛んで行ってしまわないように、そっと目を閉じる。


楽しかったな。
数学が楽しいなんて、初めて思った。


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