Dear Hero
「……テツくん、大丈夫?」


どれくらいそうしていたのか。
目を閉じたまま、ピクリとも動かない俺に紺野の声が降りかかる。


「……っ」

目を開けると、心配そうに俺を覗き込む紺野。
思っていたより顔が近くて、ドキリとした。

「頭、痛い?」

柔らかな手が俺の額に触れる。
頭じゃなくて、心臓が痛い。
紺野から目が離せない。


「……熱、ある?」

額に触れていた手が移動して、頬を包み込む。
……熱じゃない。
紺野が触れているからだよ。



『紺野がちゃんと俺に向き合ってくれるまでは、しない』



俺、かっこつけてなんて事を言ってしまったんだろう。
今すぐこの手を引いてぎゅってしたい。
もっと紺野に触れたい。


水嶋と一緒に住み始めた大護が、煩悩と闘っていたのがわかった気がする。
好きな子が手の届く距離にいたら、そりゃ手を伸ばしちゃうよな。
大護には強気な事言ったくせに、俺はそんな勇気すらないけれど。



「……大丈夫。普段使わない頭使ったから疲れただけ」
「そっか…。よかった」
「心配してくれたの?」
「……っ」

図星とばかりに目を逸らす紺野。
そんな反応すらも、かわいくて仕方ない。
よいしょと起き上がると、前のめりになっていた紺野との距離は片手分もなかった。
栗色の前髪が、はらりと俺の鼻にかかる。

「紺野」
「……」
「ありがとな」

横目でチラリと見上げると、もう一度目を伏せて「うん」とだけ呟いた。


はち切れそうなくらいドキドキしている心臓。
紺野も同じくらい、ドキドキしてくれてたらいいのにな。



「……飲み物、持ってくる」


耐えきれなくなって俺が立ち上がるまで、その距離は変わらなかった。




< 283 / 323 >

この作品をシェア

pagetop