秋の月は日々戯れに
生気のない青白い背中と、触れられると感じる冷たさ。
儚くて淡い彼女は、触れると途端に消えてしまうあの真っ白い雪に、どこか似ていた。
そんなことを考えながらぼんやりと扉の向こうを見つめていたら「先輩さんは、もうお帰りですよね」と受付嬢の声がした。
視線を戻して返事をすると、受付嬢がにっこりと笑う。
「道中、足元にお気を付けて。それから、チョコレートありがとうございます」
ペコッと頭を下げてからすぐさま上げて
「奥様にも、よろしくお伝えください」
受付嬢は、笑顔でそう付け加えた。
「それでは」と踵を返して去って行く背中をしばらく見送って、声が届かないくらい距離が離れたのを確認してから、彼は小さく息を吐きだした。
「……奥様にもよろしく、か」
奥様とは考えるまでもなく彼女のことで、その彼女は、今はどこにいるのか分からない。
立ち止まったままの彼の脇を通り過ぎて行く社員達は皆、一様にコートの襟を立てたり、マフラーに顔を埋めるようにして、俯きがちに外に出て行く。
その流れにのるように彼も首をすぼめて俯くと、ガラス張りの扉を抜けて、寒空の下へと歩き出す。
外に出た瞬間、ぶわっと顔に突き刺すような寒風が吹き付けて、より一層首が縮まった。
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