秋の月は日々戯れに

生気のない青白い背中と、触れられると感じる冷たさ。

儚くて淡い彼女は、触れると途端に消えてしまうあの真っ白い雪に、どこか似ていた。

そんなことを考えながらぼんやりと扉の向こうを見つめていたら「先輩さんは、もうお帰りですよね」と受付嬢の声がした。

視線を戻して返事をすると、受付嬢がにっこりと笑う。


「道中、足元にお気を付けて。それから、チョコレートありがとうございます」


ペコッと頭を下げてからすぐさま上げて


「奥様にも、よろしくお伝えください」


受付嬢は、笑顔でそう付け加えた。

「それでは」と踵を返して去って行く背中をしばらく見送って、声が届かないくらい距離が離れたのを確認してから、彼は小さく息を吐きだした。


「……奥様にもよろしく、か」


奥様とは考えるまでもなく彼女のことで、その彼女は、今はどこにいるのか分からない。

立ち止まったままの彼の脇を通り過ぎて行く社員達は皆、一様にコートの襟を立てたり、マフラーに顔を埋めるようにして、俯きがちに外に出て行く。

その流れにのるように彼も首をすぼめて俯くと、ガラス張りの扉を抜けて、寒空の下へと歩き出す。

外に出た瞬間、ぶわっと顔に突き刺すような寒風が吹き付けて、より一層首が縮まった。





**
< 303 / 399 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop