秋の月は日々戯れに
もちろんそこに、彼の都合などというものは一切考慮されていない。
「楽しみですね!」
「だね。あっ、人参は準備しなくていいからね」
「これを機に、好きになってみると言うのはいかがですか?お好きなチーズと一緒なら、もしかしたら」
「無理だね。あのオレンジの根菜とは、一生相容れない運命な」
楽しげなその声を遮るようにして、またしても同僚の鞄から軽快なメッセージアプリの受信音が鳴り響いた。
取り出して画面を見つめる同僚の顔から、次第に笑顔が消えていく。
代わりにその顔に浮かんだのは、さっきと同じ、悲しそうな泣き出しそうな表情。
いつの間にか歩くことをやめてしまった同僚に合わせるようにして、彼女も彼も歩みを止めた。
駅はもうすぐそこで、併設された駅ビルから漏れる光や、ロータリーから発車していくバスのライトに照らされた道を、マフラーや襟を立てたコートの中に顔を埋めた人達が足早に歩いていくのが見える。
同僚を見つめていた彼女の視線がスッと動いて、二人の方に振り返っていた彼を捉えた。
何か言いたげな視線であることだけは感じ取れるが、生憎エスパーではない彼にはそれが限界で、それ以上は言葉にしてもらわなければ分からない。