秋の月は日々戯れに
だから黙って見つめ返したら、彼女の視線がまた同僚の方へと動いた。
まるで誘導するようなその視線の動きに、彼はまんまと釣られて視線を動かす。
視界に映ったのは、キュッと唇を噛み締めた顔で、それはなんだか、必死で泣くのを我慢しているみたいに見えた。
「……電車の時間、大丈夫か?」
何か言わなければと思った。
でもそんな時に限って何も気の利いた言葉は浮かんでこなくて、咄嗟に出てきた何の救いにもならないようなセリフに、一瞬キョトンとした同僚は、それから無理やり口角を上げるようにして笑う。
「そうだね、急がないと……」
その無理して浮かべられた笑顔に、隣に立つ彼女の顔が曇った。
けれど、何か言いたそうにするばかりで結局何も言わない彼女は、最後にはその曇った表情で何かを訴えるように彼を見やる。
それでも、生憎エスパーでもなんでもない彼には、彼女の胸に秘められた言葉を理解することは到底できない。
「送ってくれたお礼にさ、あったかいの奢るよ!自販機で悪いけど」
必死でいつも通りを装おうとする同僚は、そう言い残して自動販売機に駆けていくと、コーヒーとココアの缶を両手で抱えて戻ってくる。