秋の月は日々戯れに
「はい、あっきーはココアで良かった?」
差し出されたコーヒーをお礼と共に受け取った彼は、彼女に向かって差し出されていたココアの缶もさりげなく受け取って、コートのポケットに忍ばせる。
「ありがとうございます。これは、家に着くまでのカイロ代わりにとてもいいですね」
彼女もまた彼の動作には一切触れず、ただお礼だけを述べてにこやかに笑う。
流れるような二人の連携に、同僚は特に不審に思った様子もなく笑顔を返した。
「それじゃあ、今日は美味しいお鍋をご馳走様。それから、送ってくれてありがとう!」
わざとらしい程に勢いよく頭を下げた同僚が、改札を通ってエスカレーターに乗ると、振り返って大きく手を振る。
彼女もまた「道中お気を付けて!」と手を振り返しているが、周りの人達にはそれが見えていないから、同僚が寂しいやつだと思われないように、彼もまた小さく手を振った。
見送る二人に向けられていたその笑顔が、エスカレーターを下りた瞬間にもろく崩れたことを、並んで立つ彼と彼女はもちろん知らない。
代わりに、すれ違ったサラリーマンが驚いたような顔で振り返ったが、一度堰を切ったように溢れ出してしまった涙は、そう簡単には止まってくれそうになかった。
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