秋の月は日々戯れに


「時々、あなたが幽霊だって忘れそうになります」


そんな風に呟いた彼の言葉に、少し前を歩いていた彼女が嬉しそうな顔で振り返る。


「それは、ついにわたしという存在が、あなたの生活に馴染み始めたということでしょうか。なくてはならない存在だといっても過言ではないような!」

「いえ、それは過言です。全く馴染んでないですし、むしろ違和感しかないというか、違和感の塊みたいな存在です」


同僚を見送って駅から家まで帰る道すがら、嬉しそうだった彼女の頬が途端にむっつりと膨れて、後ろ向きに歩きながら彼に向けた視線はどこか恨みがましい。


「あなたという人は、時々そうやってわたしの気分を上げたかと思ったら、手の平を返したように叩き落としたりしますよね。性格がよろしくないです」


それはあなたが勝手に一喜一憂しているだけだと言ってやろうかと思ったが、言ったが最後、面倒くさいことになるのは目に見えていたので、彼は黙って彼女のセリフを聞き流す。

しばらく経っても返事が来ないと分かると、彼女もまた黙って進行方向に向き直った。

早々と切り上げられた会話は彼女にしては珍しく、なるほどそれで明日は雪なのかと見上げた空は、相変わらず分厚い灰色の雲で覆われていた。
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