秋の月は日々戯れに
視線を下ろした先、白い背中を見るともなしに見つめながら歩いていると、外灯を三つ通り過ぎたところで、彼女が唐突に口を開いた。
「どうして、何も聞いてあげなかったんですか」
こちらを振り返らない背中を見つめたまま「なんのことですか」と問い返す。
チラッと一瞬だけ振り返った彼女は、なんとも形容し難い表情で彼を見やって、また直ぐに視線を前へと戻した。
怒っているのか、それとも呆れているのか、いつも分かりやすい彼女には珍しく、声の調子からも表情からも、その感情は読み取れない。
「あなたの同僚さんです。何か、悩んでいるようでした。あなたも、気がついていましたよね」
口調は決して責めてはいないのに、まるで責められているように聞こえるセリフ。
全部分かっているようなその言い方に、気がつかなかったと嘘もつけず、かと言って面倒くさかったから何も聞かなかったと本音も言えず、彼は白い背中に言葉を返す。
「誰だってありますよ、悩み事の一つや二つ。社会に出て、一つも悩みを抱えずに生きている奴がいるとしたら、それはよっぽどの幸せ者かただのアホです」