秋の月は日々戯れに
ようやくちゃんと振り返った彼女が、何か言いたげに、けれど何も言わずに彼の顔をジッと見つめる。
「……何ですか」
もう何度、この物言いたげな視線に見つめられたことだろう。
いい加減、自分はエスパーではないのだと伝えようかと思ったところで、彼女が薄く開いた口から深々と息を吐きだした。
それは、ため息ともつかないような、ため息に似ているだけの息の吐き方。
「ため息はつきません、幸せが逃げますからね。あなたがため息をつきまくって幸せを逃がしている分、わたしが貯めておいているんです。貯蓄は妻の仕事ですから」
また訳の分からないことを――と思ったが、突っ込んでも疲れるだけなので、彼は黙って聞き流す。
またしばらく沈黙が続いたかと思ったら、唐突に彼女が、ふわふわと宙を漂うように彼との距離を詰めた。
今度はなんだと僅かに身構えた彼の手を、彼女はそっと掴んでぎゅうっと両手で握る。
物凄く力を込めているように見えるが、実際には異様な冷たさ以外の感覚は何も伝わってこない。