お気の毒さま、今日から君は俺の妻

「とんでもない。きれいにしてくれてありがとう。たすかるよ」


 天宮はにっこりと、社内で評判の王子様スマイルを浮かべた後、受付を通り過ぎて足早にエレベーターへと乗り込み、副社長室へと向かっていった。


「お疲れ様です」


 澄花は天宮の背中に向かって、軽く頭を下げた。


 タカミネコミュニケーションズ本社フロアは渋谷デジタルビルの十五階から二十階にある。インターネットの広告事業からSNSサイトの構築、ソーシャルゲームやアプリの開発など、インターネット事業を主にする企業である。売上高は一千億を超え、純利益は年間五十億円だ。

 社長の高嶺正智(たかみねまさとも)はIT界の帝王と呼ばれ、彼と一緒にこの会社を立ち上げた天宮翔平は副社長だ。創業者が三十代なので、基本的に会社の従業員も若手が主になる。


「せんぱーい~!」


 背後から鈴を転がすような声がして、振り返ると子犬のような女性が走って近づいてきた。


「おはよう、タマちゃん」
「おはようございますっ!」


 彼女は焦ったように挨拶をした後、澄花の腕をつかんで、ロビーの柱の影へと引きずり込んだ。どうやらちょこちょこと出勤しはじめている社員たちの目が気になるらしい。声は抑えつつも、真剣な目で澄花を見上げた。


「あ、あ、ああのっ、い、い、いまっ、天宮さんとおしゃべりされていませんでしたかっ……!」


< 10 / 323 >

この作品をシェア

pagetop