お見合い愛執婚~俺様御曹司に甘くとらわれました~
「殴ったのか?」
ただ耳を傾けていた智哉が口を開いた。私は首を横に振った。
「ううん、殴れなかった。途中で、正気に戻ったというか、駄目ね。全部が中途半端」
ありさの頬に手を振り下ろす寸前で、怯えた彼女と目が合って、その瞳に自分の憎悪で歪んだ姿が見えた気がした。
この怒りは何に対してなのか。
純粋に仕事と私情を混合されたことなのか。
本当にそれだけなのか。
達彦を奪われたことへの憎悪が主な原動力なのではないのか。
だとすれば今、仕事と私情を混ぜているのは私自身ではないのか。
スッと急激に冷めていく頭で自問していくうちに、腕の力も抜けていって、だらりと身体の横に下がっていった。
「そこからは早退しちゃった。見かねた課長に『今日はもう上がれ』って言われて」
デザイン課は企画部の中での個室を与えられている。
ありさとの衝突の目撃者はデザイン課の人間だけでも就業時間内に起こしたトラブルだ。
張り詰めた空気が満ちる部屋を後にするのは申し訳なさと自分の情けなさで心がいっぱいになって、帰り道ずっと泣いてしまって、電車に乗るのも憚られてタクシーを使う羽目になった。