今宵、エリート将校とかりそめの契りを
総士の部屋を出て、琴は家中歩き回ってみたが、女中頭は見つからなかった。


もしかしたら、今日は休みなのかもしれない。
そう考えながらも、最後に玄関から外に出てみた。
そして、そこに広がる優美な庭園に、琴は思わずほおっと感嘆の声を漏らした。


昨日は庭を眺める余裕もなかったが、海外の文学作品の舞台になりそうな西洋風の庭園は圧巻だった。
十一月というこの時期、花壇を彩る花の種類は少ないが、門に近い一角に冬咲きのバラが見える。
きっと、庭師が優秀なのだろう。
琴は引き寄せられるように、門の方へ歩いて行った。


「うわあ……素敵」


琴は声をあげ、花壇の前にしゃがみ込んだ。
花の高さに目線を合わせると、甘く芳醇なバラの香りが鼻先をくすぐる。


琴はそっと目を閉じ、その芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
あまりの心地よさに、無意識に口元を綻ばせてしまう。
しかし、笑っている自分を意識して、琴はハッとして笑みを引っ込めた。


(花くらいで、私ったら)


今自分がどんな状況下にあるか。
この先自分がどうなるか。
なにをどう考えても、琴の前に続くのは、このバラの棘より険しい茨の道。
だと言うのに笑えるなんて、呑気なものだ。
< 61 / 202 >

この作品をシェア

pagetop