今宵、エリート将校とかりそめの契りを
心の中でポツリと呟き、琴はキュッと唇を噛んだ。


身体を奪っておきながら、接吻はしないというのがどういうことか。
今朝目覚めた後、琴は冷静に考えて、思い当たった。


遊郭の高級遊女である花魁は、春は売っても口吸いはしないものだと聞いたことがある。
身体は商売道具でも、唇は神聖で大事なものなのだそうだ。


総士が琴の唇に触れなかったのは、愛なき初夜で身体を開いた琴の、女としての尊厳を守ってくれたからなのか。
それとも単に、彼の方も琴を愛しているわけではないからか――。


(生涯通じて私が最後なんて。本気で妻だと思ってもいないくせに)


唇だけでも奪われずに済んでよかったと思っていいはずなのに、考え出したら切りがなく、琴の心は鬱蒼としてしまった。


「こうなったら、一日でも早くあの人を殺さなきゃ……」


ギリッと奥歯を噛みしめ、琴は振り絞るような声で自分を奮い立たせようとした。
しかし、すぐに昨夜のことを思い出し、琴の意気は消沈していく。


(隙を突いて殺す……どころじゃなかった)


全身を総士に愛撫され、与えられる刺激以外のなにも考えられなくなってしまった。
憎しみも殺意も身体から削ぎ落され、琴はただ鳴くだけだった。
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