今宵、エリート将校とかりそめの契りを
「それでね、琴がここから出たら、うちの兄様と……」


勢い込んで言葉を続ける佐和子を、


「奥方様。そんなところでなにをなさっておいでですか」


一際大きく高らかな冷たい声が、容赦なく遮った。
それを聞いて、琴はビクンと大きく肩を震わせる。
佐和子もギクッと身を竦ませて、二人の間で門の柵がガシャンと音を立てた。


戸惑いを色濃くした佐和子の瞳に映る姿を確認するように、琴もゆっくり背後を振り返る。
そこには、黒縁眼鏡の奥の目を冷酷に細めた忠臣が、仁王立ちしていた。


尊大に腕組みをする彼の威圧感は、半端ではない。
忠臣は琴が自分の方を向いたのを確認して、鷹揚にゆっくりと足を踏み出してきた。


「誰の許可を得て庭に出ているのです。さっさと自室にお戻りなさい」

「っ……」

「え? 奥方様、って……?」


忠臣の居丈高な言葉に息をのむ琴の耳に、困惑した佐和子の呟きが届いた。


「奥方様、そちらは?」


忠臣はわずかに眉をひそめただけで、佐和子を無視して琴に問いかけてくる。


「……女学校の親友です。上木……佐和子さん」


琴が躊躇いながら小さな声で答えると、忠臣はピクリと眉尻を上げた。
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