溺れて染まるは彼の色～御曹司とお見合い恋愛～

　もしあの夜、八神さんについて行かなかったら、こんなに気持ちが乱されることもなかったのかな。

　今度、彼と会うことがあれば、文句のひとつでも言ってやりたい。
　「人の気持ちをなんだと思っているのか」と。

　でも、強引に身体を奪われたわけでもないし、嫌がったのに襲われたということでもない。
　つまり、彼からしてみれば『合意の元』で関係を持ったことになっているんだろうな。


　あんなに素敵な人なのに、最低最悪の男性とは信じたくないけれど。
　キスも初体験も奪われた挙句、使い捨てされたなんて……ショックでしばらく立ち直れそうにない。




　新作のオフィス家具と、最新文具の納入を見届けてから会社を出た。
　Stationiaがあるのは霞が関の一角。虎の門が近くて、近年再開発の勢いが目覚ましいエリアだ。

　ショールームがある新宿まで電車移動する間、もし八神さんが乗り合わせていたらとか、携帯に連絡があったら……なんて考えてしまって。


　裏切られたはずなのに、恋心はそう簡単に切り替わってくれないらしい。
　嫌いになりたいのに、彼のキスも愛された感覚も覚えていないから……。