溺れて染まるは彼の色~御曹司とお見合い恋愛~

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 『二度と私の前に現れないでいただきたい』

 先週、ひどい雨の中で八神さんに言われた言葉が、胸を切り裂く。
 思い出したくないのに勝手に浮かんできて、あの時と同じ鋭い視線で何度も何度も……。


 頼まれたって、二度と会うもんか。
 電車で乗り合わせたって、街で見かけたって、絶対に無視してやるんだから。

 そう思うけど、やっぱり切ない。
 私が怒りを見せても、彼にはまったく響いていないようだった。それに……一度関係を持った相手なのに、忘れていたみたいで。



 会社のデスクで、最新文具をテストしながら仕事に没頭する。
 人気商品の自立式ペンケースは、もうちょっと容量があったほうがいい気もするなぁ。鋏はすべりもいいし、厚手の段ボールまで簡単に切れて便利だ。
 大好きな文具に囲まれている間は、とても穏やかで幸せ。私が八神さんに本気になること自体、現実的に考えたらあり得ないことだったんだろうな……。



【今日、帰りにちょっとだけ付き合ってくれる?】

 奈緒美から新着メールが届き、資料にラベルを貼っていた手を止めて、返信した。


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