生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「アシュレイ家の家訓は"やられたら、徹底的にやり返す"なのですよ? 序列1位を保持するのも、なかなか大変なのですよ」

 ふわりと柔らかな雰囲気を纏っているのに、その中身は苛烈で逞しく強かで、凛としていて美しい。
 だから、彼女は目を引くのだろう。

「勿体ないことをしたな、お前の元婚約者は」

 テオドールは大事そうに手を延ばし、リーリエの頬に触れる。

「こんなにきれいな花を、蔑ろにするなんて」

 ぽそりと落ちてくる言葉に、リーリエは大きな瞳をさらに見開く。

「まぁ、俺も人のことは言えないが。許されることではないが、すまなかった」

 当初の振る舞いは褒められてものではなかったと改めて詫びる。

「私を思ってのことだと、解釈しておりますので謝罪は不要ですよ」

 リーリエは延ばされたテオドールの手に自身の手を重ね、そっと外しそれを握る。
 テオドールの取り巻く状況は前世の知識で知っていた。
 知らなかったのは、テオドールがゲームで描かれていたよりもずっと誠実で、素直で、優しく、努力家で美しい人だということ。
 そして今のリーリエはそれを知っている。

「ふふ、でも照れてしまいますね。お世辞でも"勿体ない"だの"きれい"だのなんて旦那さまに言っていただけるなんて」

 今は豪華なドレスを纏わず、装飾品一つ身につけていない。
 部屋着に羽織を纏っただけの格好だし、髪もセットしていなければ、化粧すらしていない。
 淑女として見せている自分ではないのだから、きれいなわけがないのだけれど、お世辞と分かっていても悪い気はしない。

「世辞じゃない」

 やや不機嫌そうにそう漏らすテオドール。

「旦那さまと違って、元がそこまでいいわけでもないですし、男性が好むようなタイプでないことも自覚しております」

 まぁ、一般的に見れば容姿は綺麗な部類に入るが、磨き上げられた貴族令嬢の中で突出するほどでもないしなとリーリエは割と客観的かつ厳しめに自分を評価している。

「私、女性のわりに上背結構あるので、高いヒール履くと殿下には嫌な顔をされていましたし、きつめの顔立ちと身長のせいで可愛らしさが強調されるプリンセスラインのドレスは絶対似合いませんし。華奢で可愛く庇護欲掻き立てられるようなタイプでもなければ、大人しく後ろで守られて男性を立てるタイプでもないですしね。向こうも私が隣国に嫁いで清々していると思いますよ?」

 惜しむ相手じゃないんですよね、お互いとリーリエは苦笑する。

「褒めてくださって嬉しいのですが、こんな打算的な政略結婚の相手ではなく、いつか誰かあなた様がお隣にと望まれた花にでも伝えてあげてくださいませ。旦那さまの優しさに免じて当て馬の悪役妻くらいなら演じて差し上げますから」

 なので、そんな人ができたら一番に教えてくださいねとリーリエは笑う。

「……本当に、伝わらないんだな」

 テオドールの小さくつぶやいたその声は、夜風が攫って行き、リーリエの耳に入ることは無かった。
< 112 / 276 >

この作品をシェア

pagetop