生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

53.生贄姫は主義を貫く。

「で、その国の宝を愛でずに調べる理由を聞いてもいいか?」

 テオドールの問いに、コホンとわざとらしく咳をしたリーリエは話を戻しますと前置きをして話し出す。

「殿下と婚約中、彼に近づく女性は一通り素行調査をしておりました。あの人息をするようにハニートラップに引っかかるので」

 しかたなくやっているというのに、フィリクスに暴言を吐かれるので本当に割に合わない仕事だったなとリーリエはため息をつく。

「でもヴァイオレットさんについては私、子爵の庶子という事しか知らないのです。母親が亡くなり、子爵家が引き取ったそうですが、どうにも嘘くさい」

「なぜそう思う?」

「ヴァイオレットさんの所作が綺麗すぎたからです」

 意味が分からないと表情を険しくするテオドールに、リーリエはふっと微笑む。

「旦那さまは普段の私の淑女としての振る舞いをどう思われますか?」

「手本のようだな、と」

 淑女としての振る舞いを求められたとき、リーリエの所作は人目を惹くほど美しく、完璧に近い。

「意識的にそう見せているのです。そしてそうするためには、かなりの訓練を要します。通常、下級貴族それも最近まで平民として暮らしていた方が一朝一夕で身につけられるものではないのです」

 細かい決まりごとが多岐にわたる貴族のマナー。
 それらをすべて網羅し、自分のものとするには時間がかかる。
 だが、ヴァイオレットのそれは、付け焼刃というよりも板についているという方が正しいものだった。

「そこまでわかっていて、なぜ放置したんだ?」

「理由は2つ。1つ目は当時父から警告を受けたのです。”この件には関わるな”と」

 子飼いが目障りだと直接的な警告を受けたのは初めてだった。
 つまり、この件はリーリエの手に余ると判断されたわけだ。

「放置した結果、殿下が調子づき、婚約破棄されそうになったり、断罪イベント発生しそうになったり散々でしたね」

 大げさにため息をついたリーリエは、

「どうせならせめて愛しい恋人のために手順踏んで根回しして策を講じて婚約破棄までもっていくくらいの気概が欲しかったですね。それくらいの誠意を見せてくれたら、当て馬くらいやってあげましたのに」

 そうぼやく。
 円満に婚約を解消したかったリーリエとしては、フィリクスが期待通り動いてくれさえすれば喜んで二人を祝福しフェードアウトを諮ったのに、人生どうしてこうもままならないのか。

「……苦労したんだな」

「あら? 今頃気づかれました? 苦労したのですよ。ものすごーくね」

大げさな口調でそう言ってふふっとリーリエは笑う。

「まぁでも、真面目な話、ヒロインが実は黒幕とつながってた説は最近流行りの様式美のようですし。あの時は引きましたが、こうなった今調べる価値はあるかと思っています」

 今更後悔しても遅いが、疑わしいフラグは全部折るべきだ。
 そして、ルイスとテオドールを味方につけた今なら完全に折れると思うのだ。

「で、2つ目は?」

「いっそのことこのまま調子づかせて、取り返しのつかないほど何かやらかしてくれたら、廃籍にでもなって話が早いのにと思っていたのですよ。残念ながら、そこまでの決定打はなかったですが」

「……リーリエ、お前本当にぶれないな」

 リーリエの好き嫌いの対象への対応の徹底具合に彼女なりの美学すら感じる。
 ルイスが言っていたガチギレのリーリエへの対応は早い方がいいという助言は的を得ていたなと納得せざるを得ない。
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