生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「アルカナが安定することは、同盟国であるカナンが安定することにもつながります。私は、カナンを守りたい。そのために私はここに来たのですから」

 受け取ってもらえないと困るのですが、と大げさに肩をすくめるリーリエからテオドールは仕様書を受け取る。
 リーリエが来てからのこの3カ月、本当にいろんなことがあったなとテオドールは思い返す。
 はじめは関わる気などなかったのに、いつの間にかリーリエに惹かれていた。
 多分、初めて夜の散歩に出たあの日にきっと彼女に堕ちたのだ。
 リーリエの言った言葉がふと、耳によみがえる。

『そんなわけで、旦那さま。私と一緒に面白い事やらかしませんか? 生贄姫も死神も必要のない平穏な毎日が過ごせるようになるその日まで』

 そして、そんな日が来たら、きっとリーリエは自分の隣からいなくなる気なのだろう。
 先日の夜、リーリエ・アシュレイの名に懸けて誓うといった。
 リーリエの性格上、わざと”アルカナ”を抜いたに違いない。

「旦那さま?」

 仕様書を受け取ったまま何も答えないテオドールを不審に思ったリーリエから、控えめに声がかかる。

「……俺は、いつまで”旦那さま”なんだろうな?」

 あの夜から、ずっと考えている。
 どうすれば、彼女の言った条件の相手になれるのか、と。

「はい? いきなりの離縁宣告ですか?」

 リーリエの目が驚いたように丸くなる。

「3日、3週間、3カ月の周期で別れの危機がくるって言いますけど、早すぎません!? 私旦那さまと一緒に過ごした日数実質もっと少ないですよ? いきなりの離婚フラグとか、本当に勘弁してください。まぁ旦那さまの意に反した政略結婚なのでしょうけども、技術渡した瞬間ポイ捨てとか酷すぎません!? 技術譲渡後の私はもう用済みですか? 流石に酷いが過ぎますよ!?」

 酷いですっとリーリエは顔を覆ってわざとらしい泣き真似をしてみせる。

「……なんでそうなった!?」

「いつまで”旦那さま”なんだろうなって、私の旦那さまでいることが、嫌で別れたいってことなのでしょう?」

「いや、違っ」

 焦ったように立ち上がったテオドールが、リーリエの手首をつかむ。

「離して!! ひどいです、旦那さま。私とのことは遊びだったんですねっ」

「何を言って!? ていうか、別れるなんて一言も言ってないっ」

 バタンっと勢いよくドアが開く音と、ばさばさっと書類が落ちる音がする。
 テオドールが視線をやるとそこにはドアの側にはゼノが立っていた。
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