生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

55.生贄姫は身バレする。

 城内にあるテオドールの執務室でリーリエは第二騎士団の訓練所で取れたデータを解析し、調整を終えたポーションを並べる。
 ヒールポーションだけでなく、薬草園が充実したことで派生品として毒ややけど等の異常状態回復効果を付与したポーションも新たに作成できた。
 今後は安定供給のためにポーション作成レシピの利権を保持をしたまま外部委託していき、徐々に商会を通して市場展開していければ騎士団だけでなく冒険者やいずれは一般市民の手にもわたるだろう。
 回復魔法保持者の負担を減らしつつ、担い手の確保と回復魔法保持者に依存しない医療技術の拡大を目指すこと。
 回復魔法保持者の役割との棲み分けやバランスを考えていくこと。
 市場展開していった時への経済への影響など、まだまだ考えていくことは山積みだが。

「私の仕事はここまでですね。あとは、全てプロに委託しましょう」

 リーリエはほっとしたように息を吐き、仕様書のまとめをテオドールに手渡した。

「……いいのか? 俺に渡してしまって」

 リーリエが積み上げたその技術の重さを理解しているテオドールは、譲渡される権利を受け取るべきか迷う。

「旦那さまだから、お渡しするのです。開発者の責任としてレシピの利権保持と一部の利益は徴収いたしますが、ここから育てていくのは旦那さまのお仕事ですよ」

 リーリエは笑って答える。
 テオドールは決して技術を悪用しない。
 彼はこれを足掛かりにしてこれから国の発展のために尽くしていくだろう。

「まぁ、商会の人間も信頼できる方を種族問わず実力・人柄重視で選んでいますから、間違いなく軌道に乗ると思います。政策の手腕はルゥのやり方を見ながら学んでください。助言はしますから」

 あとは実践あるのみですよと翡翠色の瞳は楽しそうに笑った。これから先テオドールが進んでいく道は優しいものではないだろう。
 それでも”死神”と疎まれ軽んじられる状態から、足場を固め、立場を確立し、力を手にするためには騎士の仕事と両立させた上で、国の変革に関わる政策の主軸を握ることは絶対に必要だ。

「屋敷のみんなが旦那さまを思うように、旦那さまだって屋敷のみんなのことを何とかしてあげたい、と思っていたのでしょう? なら、使える剣を一個でも多く持てるようにがんばらなきゃですね。私は、旦那さまならできると信じています。これはそのきっかけに過ぎません」

 ポーションをはじめとした様々な薬品、魔道具を指さしたリーリエは続ける。
 商会にはテオドールが屋敷に保護していた使用人の一部が携わることになっている。
 ヒトとそれ以外の種族の血を引くもの。
 その壁はまだ厚いが、交流を通して少しづつ関係改善の風土づくりにつながっていけばいいと思う。
 そのための人材育成支援は嫁いでから毎日行ってきたし、今後も行う予定だ。
 テオドールの後ろ盾があるので、屋敷を出ても蔑ろにされることはないだろうし、今回商会へ参入する者は皆好奇の視線をあしらえるだけの技量は持っている。
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