生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 リーリエの言葉の意味を図りかねて黙って見返してくるテオドールにリーリエは静かに告げる。

「結婚して今日で7日です。私、これでも毎日待っていたんですよ? いつ旦那さまが来てくださるのかなって」

 毎日、毎日指折り数えて待っていた。
 だがテオドールが本邸に戻ってくることは一度もなった。

「ずっと会いたかったんです。私はまだ旦那さまのことを知りません。知りたいんです」

 前世の記憶があるので、知識としての彼は知っている。
 でも目の前にいるテオドールは画面の向こうのキャラクターではない。彼が何を思い、考え、ここで生きているのかリーリエは知らない。だからこそ、自らの足で会いに来たのだ。

「お前は、カナンとアルカナの生贄だ。便宜上俺に嫁がされただけのな」

 結婚の日、すべてを見透かしそうな翡翠色の瞳を初めて見たときに思った。
 カナン王国一番の才女と言われた彼女は、本来死神と称される自分の隣にはふさわしくないと。

 ”生贄姫”

 まさにそのとおりだ。

「俺と馴れ合おうとするなといったはずだが? 生贄姫」

 テオドールは自嘲するような口調で言葉を吐き出す。

「死神に近づくと死期が近づくぞ」

 この黒髪も不揃いな目も不吉と言われ、忌み子として疎まれた自分の居場所は常に戦場だった。

 ”死神”

 戦場を渡り歩くうちにいつしかそうよばれるようになった頃には、両手は赤く染まっていた。
 好奇心で近づけば、きっとこの翡翠色の瞳は何も映せなくなるだろう。

「お前と関わる気はない。その代わり好きにしろ」

 この婚姻は、彼女に幸せをもたらしたりはしない。
 それでも国のためにすべてを飲み込んできた彼女にできることは、なるべく自分と関わりのないところで平穏な日常を享受できるように取り計らうことだけだった。

「……旦那さまのお考えは分かりました」

 リーリエは残っていたカフェオレを一気に流し込み、ダンっと大きな音を立ててテーブルに乱暴に置いた。
 その仕草は淑女からはかけ離れたものだったが、この場にそれを叱るものはいない。

「ですが、私はあなたに守られるべきお姫さまになる気も、あなたの側にいる事で死ぬ気もありません」

 捲くし立てるように早口でそういったリーリエは、机を叩いて立ち上がるとテオドールの前に立ちはだかった。

「あなたまで、"死神"だなんて自分のことを貶めないで」

 呆気に取られているテオドールから目を逸らすことなく、見つめる翡翠色の瞳はひどく傷ついた色に染まっていた。

「決めました。私の価値は、自分で示します。今までもそうしてきたし、これからもそうです。私は、リーリエ・アシュレイ・アルカナは、旦那さまの言いつけ通り好きにさせていただきます。そしてもし、旦那さまのお役に立てたなら、その時はどうか名前で呼んでくださいませ」

 リーリエはそうテオドールに宣戦布告し、初めての朝食を終えると別邸を後にした。
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