生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

60.生贄姫は知らない旦那さまの物語。

「昔、辺境の地で似たような事を言った男に会ったことがあるな」

 テオドールは懐かしそうに目を細め、ぐい呑みに残る酒を一口で飲んだ。

『世界は広く、奇跡で溢れている。こんなにワクワクする可能性や面白いモノを見ず、知らず、死ぬ気か、坊主?』

 豪快に笑うその人は、リーリエと同じくテオドールの外見を全く気にすることなく、いくら冷たく突っぱねても鬱陶しいほどに構ってきた、初めての大人だった。

「好きなのですね、その人のこと」

 懐かしむテオドールの表情を見て、リーリエは嬉しそうにそう尋ねる。

「いや、正直絡み方がめちゃくちゃ鬱陶しい上に暑苦しい。しかも容赦なく吹っ飛ばされた記憶しかねぇな」

 リーリエが嬉しそうに尋ねるので、一瞬記憶が美化されかけたが、何度も死にかけた記憶しかねぇなとテオドールはため息を吐く。

「旦那さまが吹き飛ばされるとか、そんなことあるの?」

「クソジジイに絡まれた頃、俺はまだ10かそこらだぞ。戦闘狂相手に敵うか」

 辺境の地にふらりとやってきたその人は、治安の悪さと魔物の多さと他部族との諍いが常の荒れた土地の何を気にいったのか、傭兵部隊に入隊し半年程居ついた。
 のちにカナン王国の元騎士だと分かり部隊から追われたが、その人がいた半年はテオドールにとって剣術の才能を開花させた転機でもあった。
 その人と剣を交わすことは、どんな戦場で過ごすよりもかなり過酷な日常であったけれど。

「旦那さまにも子どもの頃があったのね」

「当たり前だ。まぁあれからクソジジイに会う事もないがな」

 子どもの頃のテオドール、絶対美少年に違いないとリーリエは想像してにやけそうになる。
 できることなら見てみたい。

「会いたいのなら、探す? 私の母方のお祖父様はカナンの騎士団総隊長でしたし、お母様も騎士団にいらしたのでツテはあるかと」

 できれば子どもの頃のテオドールの話を直接聞きたいとワクワクしながら、リーリエは人探しを提案する。

「いらん。どうせ、絡み酒しながら鬱陶しいくらい孫自慢聞かされるだけだからな」

 剣術を叩き込まれたあとはやたらと孫自慢を繰り返し聞かされた。
 うちの孫は一国に収まらない才女だの、世界一いい女に化けるだのと大げさで孫バカだと言わざるを得ない内容で、最後は決まって言うのだ。

『うちの孫はお前みたいな未熟者にはやらんけどな』

 と大口を開けて笑うまでがセットだった。
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