生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ふふ、やっと眉間の皺が取れましたねー」

 リーリエはテオドールの黒髪に触れ笑う。

「いつもそれくらい穏やかなら、あっという間に"死神"なんて返上できるのに。あなたは忌み子なんかじゃないのにね」

「前もそれ言っていたな。証明がどうとか」

 んーっとリーリエは上機嫌にテオドールを見つめ、

「研究途中のモノを完成前に本来出したりしないんだけど、特別ね?」

 そういうとリーリエは紙とペンを取り出し、空で複雑な計算式や図式を書き出していく。

「そもそも、色素がその人の"色"として形質発現するためにはですねー。様々な条件が複雑に絡み合っているわけですよ」

 リーリエはまるで歌うように式を構成し、紡いでいく。

「……で、コレにこうしてこの特殊条件下のもと高水準の魔力が組み合わさって〜〜」

 紙の上にさらに複雑な式が積み上げられていく。

「〜〜〜で、この遺伝子配列を持つスキル持ちが、この条件下で魔素に対する防衛反応を起こした場合、さらに特殊条件が組み合わさって」

 リーリエが書き上げたそれは、まるで複雑に作り込まれた美しい魔法陣のようだった。

「って、理論上はこうなるわけ。もうヤバくない? これが発現するってもう奇跡っていうか、最早神の領域じゃない?」

 はぁーもうこの数式配列美しすぎると自分で書いた紙を愛おしそうに撫でるリーリエに、さっぱり理解出来ず首を傾げるテオドール。

「いや、同意を求められても専門外過ぎて全く分からないんだが」

「嘘でしょ? これだけ懇切丁寧に説明したのに!?」

「……とりあえずリーリエが術式オタクだという事だけは分かった」

「人の事特殊な性癖持ちみたいに言わないでくれる?」

 むぅと頬を膨らませて拗ねたようにそう言ったリーリエは、クスリと笑みを漏らし、

「要するにあなたみたいな存在は、忌み子どころか奇跡みたいな存在ってこと」

 と紙の上に書かれた式を見つめた時と同じように愛おしそうにテオドールの青と金の瞳を見つめた。

「まぁ、何せこんな奇跡みたいな症例はもともと数自体が少ないものだからなかなか理解されないし、研究が進まないんだけど。私達はこれを総称して"ギフティ"と呼んでいる」

「"達"? "ギフティ"?」

「そう、ギフティ。この条件下で生まれ、かつあなたのように珍しい容姿を持つ人は、それと引き換えにヒトの理や常識枠に当てはまらない、そのヒトの適正のある分野において極めて優れた"才能"を有している。歴史上確認されているギフティはみなそうなのよ」

 リーリエの話しに信じられないとテオドールは眉根を顰める。

「俺にはそんな特殊な"才能"など」

「私から見れば、充分特殊だけど。例えば、戦場で絶対的不利な状況下であっても奇跡的にあなただけは生き残る。そんな場面に遭遇した事はない?」

 そう問われ、テオドールは目を見開く。
 心当たりがいくつもあった。

「"起死回生"奇跡的な確率で発生し得る偶発的な超常現象を無意識的に手繰り寄せられる"運"の強さ。あなたの場合はそれではないかと私は思っている」

 戦場においてたった1人で危機的状況をひっくり返せる能力など、奇跡と呼ばずになんと呼ぶ。

「まぁそんな魔術式構築分野における特殊魔法構成能力遺伝子の研究をしている研究者は私だけじゃないってこと。世界中に研究者はいるのですよ」

 まぁ、私が1番に証明しますけど? とリーリエはそう言って自信満々に笑ってみせた。

「世界は、とっても広いんですよ。旦那さま。まだ見た事ないことや知らない事、そんな奇跡みたいな事で溢れてる。それって、とってもワクワクしない?」

 世界を語る翡翠色の瞳には全く曇りなどなく、好奇心で彩られている。
 ああ、彼女は根っからの"魔術師"なのだとテオドールは思う。
 一度リーリエの視点で世界を見る事ができたなら、それはさぞかし面白い事で溢れているのだろう。
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