生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

61.生贄姫は本領を発揮する。

 テオドールは声をかけ軽くノックをする。
リーリエから入室が促され、ドアを開け彼女を見て言葉を失う。
 彼女が纏っているのは白地に水色で波紋が金糸で星が描かれている長いローブ。
 それに身を包むリーリエ自身は白と青のミニ丈のノースリーブドレスに白のロンググローブにハイソックス、膝丈まである水色のラインの入った白ブーツを履いている。

「お待たせいたしました、旦那さま」

 魔術師、リーリエ・アシュレイ。
 その正装をテオドールが見るのは初めてだった。

「ふふ、"馬子にも衣裳"でしょうか?」

 戦い前の凛として立つその姿は、目を惹くほど美しく、そして彼女がその分野で強者である事が一目で分かるほど他の魔術師とは明らかに格が違った。

「いや、普通に驚いた」

「そこは素直に"世界で一番綺麗だね"くらい言ってくださらないと」

 呆気に取られているテオドールを揶揄うようにそう言ったリーリエは、ゆっくり呼吸を整える。

「ようやくあちら様が応じてくださったのです。私も魔術師としてそれ相応の対応をしなくては」

 独り言のように吐き出された声音にいつもの余裕は感じられない。

「緊張してるのか?」

 珍しいものをみるかのようにテオドールが尋ねる。

「そうですね」

 ひどく真面目な横顔で佇むその人は、いつもテオドールに萌え転がって情緒を崩壊させるリーリエでも、公務に臨むリーリエでもない。

「アシュレイの家紋を背負って魔術師を名乗る以上、私に敗北は許されません。例え、私がアシュレイ家の"劣等種"であったとしてもです」

 カナン王国においてアシュレイ公爵家は魔術師の名家で、その傍系まで数多く優秀な魔術師を輩出している。
 アシュレイ姓を持って魔術師を名乗る重さを知っているだけに、せっかくリーリエ好みの可愛い衣裳なのに毎度吐きそうなくらいの緊張感を持って着なければならないのが残念で仕方がない。

「劣等種、って何なんだ?」

 テオドールは訝しげにその言葉を口にする。
 それがリーリエを蔑む言葉だと言うのは想像がつくのだろう。
 眉間に皺が寄っている。

「アシュレイ家に連なる魔力持ちは、その加護特性からその目を見ればどの程度魔力を保有しているのかすぐに分かるのですよ」

 自分にとっては言われ慣れた"劣等種"という言葉にテオドールは怒ってくれるのかと嬉しくなり、リーリエは顔を綻ばせる。

「アシュレイ家の加護石はアクアマリン。アクアマリンはその色味の碧が深く、透明度の高いもの程価値が高いと言われています。そして緑味が混ざる程にその価値は落ちる」

 テオドールはその意味を悟り、翡翠色の瞳をじっと見つめる。
 リーリエは加護持ち2属性の魔法が使えるにも関わらず、体内の魔力量が通常の魔力持ちの半分以下しかない。その上、彼女の瞳は碧眼ではなく翡翠色だ。
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