生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 早めの昼食を終えてから午後は全て夜会の準備に費やされたといっても過言ではない。
 今日は公式での初のお披露目ということもあり、夜会の規模もそれなりに大きい。
 リーリエはぎりぎりまで主要な人物の詳細情報を頭に叩き込んでいたので、夜会の装いは侍女にされるがままに任せていたのだが、出来栄えは想像以上に素晴らしかった。

「リーリエ妃殿下、本当にお綺麗です!」

「本日の主役は妃殿下ですもの!当然ですよ。まるで天女が舞い降りたかのような美しさですね」

 長くきらめく蜂蜜色の髪は両サイドの一部を編み込み、美しい宝石のちりばめられたティアラと花で纏められ、青を基調とし金糸で刺しゅうがちりばめられたドレスは、華やかだが派手過ぎず、品の良さはリーリエの美しさを際立たせていた。
 鏡を見ながらリーリエは翡翠色の目を大きく見開く。
 もともとリーリエは清楚系美人ではあったけれど、磨き上げ着飾ったリーリエは本当にきれいだとどこか他人事のように思ってしまう。

「ありがとう。みんなの腕がいいからだわ」

 力作だわと手を取り合って賞賛し合う侍女達にリーリエは微笑んでお礼を述べる。

「リーリエ様きれー。お姫さまみたいっ!! 可愛いっ」

 側に控えていた侍女見習いの少女ティナが目をキラキラさせてリーリエに話しかける。
 よほど興奮しているのだろう。ネコ耳としっぽがピクピク動いていた。

「ティナ。”みたい”ではなく、妃殿下は本物のお姫さまですよ。そのような口の利き方はなりません。妃殿下、失礼な口調をお許しください」

 侍女頭のアンナは凛とした口調で侍女見習いのティナを嗜める。
 背筋も尖った耳もぴんと伸びたアンナを見ていると、ついこちらまで背筋が伸びてしまう。

「ごめんなさい、リーリエ様」

 しゅんと垂れたしっぽから悲しみが漂っている。ネコ耳メイド服の幼女。これは反則だと悶えそうになるが、リーリエは全神経を顔面に集中して耐えた。

「アンナ、気にしないで。2人とも頭をあげて頂戴。ここには私と侍女のあなた達しかいないのだから。ティナ、褒めてくれてありがとう。お手伝いお疲れ様」

 にこっと笑ってティナを撫でてやると本物の猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。

「リーリエさま優しくて大好きっ!」

 としっぽを振って喜ぶティナの姿を見て可愛いのはティナの方だわとリーリエは心の中で歓喜する。
 着飾ってなければ抱きしめたいくらいだ。

「ティナ! 妃殿下もあまり甘やかさないでください」

「ふふっ、ごめんなさい。でもこの国で、こんな私に好意的に接してくれるあなた達には本当に感謝しているの。だから多少は大目に見てくれると嬉しいわ」

「もったいないお言葉です」

 アンナはそう述べお辞儀をする。表情はあまり変わらないが、とがった耳の先がピンク色に染まっていることから照れているらしい。
 珍しいものが見れたと微笑ましい気持ちでいっぱいになったリーリエは、この後の心理戦で疲れたらティナやアンナのことを思い出してやりすごそうと決めた。
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