生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「私の状況はあなた達の耳にも入っているでしょう? それでも平穏に過ごせているのはあなた達のお陰よ。あなた達を私につけてくれた旦那さまに感謝しなくてわね」

 前世で漫画やゲームが好きすぎたせいで、妄想力が逞しくなりすぎた感は否めないが、こちらに来る前は、幽閉されたり、侍女や貴族令嬢から嫌がらせを受けたり、暗殺されかけたりといった日常を想像していたのだが、今のところ何事も起きていない。
 現実はこんなものかしらとリーリエは苦笑する。

「私たちこそ、妃殿下が受け入れてくださったこと、感謝申し上げます。本来なら私たちのような者は貴人の目に触れる事も叶わないでしょうが、妃殿下は旦那さまと同様に私達をヒトとして扱ってくださる。お二人にお仕えできて私達は幸せです」

 そんなことを言わないで、と言いかけてリーリエは言葉を飲んだ。
 リーリエは夜会の支度を手伝ってくれた侍女達を見回す。
 この部屋に純粋なヒトと呼ばれる種族はリーリエただ1人。
 この屋敷の使用人はティナのような獣人と呼ばれる種族やアンナのようなハーフエルフ、その他異形と呼ばれるヒトと他種族の混血児たちだけで構成されている。
 本来なら王族に仕えるなどあり得ないのだ。
 彼らの存在は圧倒的多数の前で、迫害されてきた歴史があり、今なお生死が軽んじられていることを知っているから。

「私は、あなた達の能力の高さを買っているわ。あなた達が何者であれ、あなた達はその高い知性と魔力と能力で旦那さまの信頼を勝ち得ている。それは、誰にでもできることではなく、誇るべき事です」

 彼らはテオドールに忠誠を誓い、ここで働くことに誇りを持っている。
 ならば表面だけを撫でた薄い慰めの言葉など必要ない。
 代わりにリーリエは事実だけを述べる事にした。

「あなた達のお陰で、私は今日を戦える」

 ハイヒールをカツンと鳴らし、くるりと優雅に一回転して見せる。
 美しいドレスも宝石も今日の夜会を生き抜くための武器。
 一分の隙もなく戦闘準備は整った。

「今はまだ認められなくても、必ずあなた達が仕えることを誇れる主人になるわ。だからこれからも私に力を貸して頂戴」

 そう言い切るリーリエを見て、強い意志を持った、美しいヒトだとアンナは思う。
 微笑む姿は淑女そのものなのに、凛として戦いに臨むその姿は本来の主人であるテオドールと重なった。

「もちろんでございます。リーリエ妃殿下」

 世間での評価はともかく案外似合いの2人かもしれない。

「ご武運を」

 2人が揃ってこの本邸で過ごす日が早く来る事を祈りながら、アンナはリーリエを送り出した。
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