生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

71.生贄姫は拘束される。

 何がどうしてこうなった案件が発生し、リーリエは混乱の真っ只中にいた。

「あの、旦那さ」

「却下」

 最後まで言わせてもらう事もできず、リーリエは沈黙するしかない。
 が、混乱で頭の中がぐるぐるしているので、状況整理すらできず、ただひたすら何がどうしてこうなった!? がリーリエの中を駆け巡る。

「もう、寝ろ」

 テオドールにそう言われるが、むしろ目が覚めてくる。

「……でしょ」

「……何か文句でもあるのか?」

 ぼそっと吐き出されたリーリエの言葉を拾ったテオドールからの問いに、リーリエは耳まで赤くして答える。

「こんなの、寝られるわけがないじゃないですか!?」

 何がどうしてこうなった案件。
 現在、リーリエはテオドールの寝室のベッドに連れ込まれ、テオドールに添い寝をされていた。
 しかも逃げ出さないようにしっかり抱きしめられている。
 これで一体どうやって寝ろと言うのか。

「寝るなら、私自室でひとりで寝られますので!」

「却下。信用ならない。どうせ自室に戻ったら、魔術式組み立て始めるんだろうが」

 ぐっとリーリエは言葉に詰まる。

「仮眠くらい、ちゃんと取って」

「床で数分気を失うのを世間では仮眠と呼ばない」

 読まれている。
 完全にテオドールに行動を掌握されている。
 リーリエはため息をつく。

「せめて、その……この状態は……」

 密着した体からテオドールの熱が感じられ、リーリエの心音が跳ね上がる。
 自分の心臓が痛いくらい早くなっていて、心音が耳にこだまする。

「俺はリーリエの"推し"とやらなんだろ? こんなサービス、滅多にしないぞ」

 意地悪げな声が落ちてきて、リーリエはありったけの力で抵抗し、顔を上げる。

「こんなサービス頼んでないです! だいたい、私推しは鑑賞して愛でる派なのでっ」

 早鐘のように鳴るうるさい心音に邪魔されながら、じとっとテオドールを睨む。

「旦那さまは、こういうの慣れているのかもしれませんが、私はそもそもキスすら」

 したことないと言いかけて、先程の出来事を思い出し、リーリエは両手で自分の唇を覆う。

「謝らないから」

 言葉を無くしたリーリエの代わりにテオドールが言葉を紡ぐ。

「その代わり、怒っても恨んでもいい。いつもみたいに嬉々として応酬しにくればいい」

「……なんですか、それ。仕返しでもされたいのですか」

 リーリエは訝しげにそうつぶやく。

「それでもいい」

 テオドールはリーリエを抱きしめたまま、彼女の長い蜂蜜色の髪を梳くように頭を撫でる。
 その手つきはこれ以上にないくらい優しくて、まるで宝物を扱うかのようなのに。

「嫌ってくれて構わない」

 真逆の言葉が落ちてくる。
 だけど、とリーリエはそんなテオドールを見て胸の奥が苦しくなる。 

「あんな苦しそうな顔をしながら、一人で引き篭もられるより、ずっといい」

 淡々と落ちてくる言葉は言い訳のひとつもなく、テオドールは無表情だ。
 なのに、ひどく傷ついているようで。
 嫌っていいといいながら、本心ではそうなることを恐れているみたいに見えた。
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