生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

75.生贄姫は終わりの音を聞く。

 リーリエがアルカナ王国にやってきて、4月流れた。
 季節はすっかり移り変わり、見上げた夜空の星座はこの世界の夏を示す。

「Twinkle twinkle little star How I wonder what you are」

 リーリエはゴロンと仰向けになって空を見上げ、小さな声で懐かしい歌を口づさむ。
 見上げた夜空に輝く星の配置は前世で習ったものとまるで違うし、月も2つ。
 この言語のこの歌も似たようものはあれど、この世界には存在しない。
 今も沢山助けられている前世の記憶。それと同時にリーリエを苦しめる記憶でもある。

『これを思い出した意味を、私は見つけられたのかしら?』

 まだ繋がっているこの首を、20歳過ぎても繋げている事ができるだろうか? とリーリエがぼんやり考えていると、上から聞き慣れた声が落ちてきた。

「それは何の歌なんだ?」

「子守唄……でございますよ、旦那さま」

 この世界のものではないが、と内心で付け足したリーリエは、視線を動かしてテオドールを視界に入れる。

「今夜は本邸にお泊まりだったのですね」

 リーリエは上体を起こして、テオドールに笑いかける。

「明日は早いからな。気になることとやるべき事もあるしな」

 立ち上がるリーリエに手を貸しながらテオドールはそう言った。
 明日、いよいよ騎士団合同演習と言う名の夢魔狩りの日。多分それだけではすまない、様々な思惑と何かが動いている。

「わざわざこんなところで横になって天体観測しなくても、他に場所はあるだろう」

 中央棟の屋上の剥き出しのコンクリート面に敷物もせず横たわれば流石に背中が痛むだろうとテオドールは苦笑する。

「なんとなく、ここにいれば旦那さまにお会いできる気がしたので」

 リーリエは空の暗闇を仰ぎ、吐き出すようにそう言った。テオドールが望むならあの日の約束を果たさなくてはならない、とリーリエは心を決める。テオドールから何を聞いても、せめて誠実であろう、と。
 だが、テオドールの切り出した話はリーリエが思っていたものとは別の内容だった。
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