生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 魔術式の起動実験は滞りなく進んでいき、リーリエは実験データを元に細かく調整を行う。
 そうして完成させた魔法陣は、リーリエの中でこれ以上にない最適解になった。

「フィー、私はあなたの依頼に応えられたでしょうか?」

 リーリエは依頼主に尋ねる。自分にとって最適解であっても、依頼者が納得しなければ意味がない。

「リリ、できる子。ただこの式は……多分、リリ以外には、編めない。精度が高すぎる」

「フィオナ様でも高いと感じられるレベルなのですか?」

 エミリアは完成した魔法陣を眺め、フィオナの顔を窺う。

「リリ、制御値いくら?」

「0.01です」

 リーリエは聞かれたことを簡潔に答える。

「はぁ? 0.01? そんな人間いるわけ」

「ラビ、嘘じゃない。コレは、そのくらい精度高い。でなければ、この魔力量でこの術式は発動しない」

「制御値?」

 話についていけず、テオドールが尋ねる。
 制御値とは、魔術式に組まれた魔力制御に関する値で、魔法の発現精度や使用する魔力量に差が出る。
 術式を編む発想は勿論だが、制御こそ魔術師としての腕の見せどころと言われるほど重要な値だ。

「制御値の基準は10以下、5以下で一流、1以下なら世界トップレベルです」

 補足するようにサーシャが告げるが、信じられないものを見たというように息を呑む。

「0.01は久しぶりに、見た。アリス、以来……かも」

「……随分、師にしごかれましたので」

 リーリエは師の愛称がフィオナから聞かれた事で、やはりテオドールに彼女の存在を伝えたのはフィオナだったかと知る。
 師の交友関係の広さは今に始まった事ではないので驚くことでもないが、フィオナのリーリエに対する受け入れの良さは師の存在のおかげだったかとまた彼女に救われた事に感謝した。

「リリ、契約内容追加依頼」

 フィオナは魔法陣を指す。

「一回使い切り、は勿体無い。だけど、魔術式の追加・変更、精度高くて……うちでは無理だから。メンテ希望。リカバリーと複写も追加、で。追加報酬。年代に問わず、異界の書庫開放する。好きなだけ、見ていい」

 リーリエは翡翠色の瞳を大きく開く。

「これには、それだけの価値がある」

 フィオナは少し口角をあげ、微笑を浮かべる。

「確かに0.01は無理ですね。どこにも出せないでしょうし」

「組める気も組めるやつ探せる気もしない」

 サーシャとエミリアが納得したように頷く。

「数々の非礼をお詫び申し上げます。リーリエ様。魔術師の仕事、これは確かに素晴らしい」

「また、頼らせて欲しい。こんな術式、見た事ないし」

 リーリエは翡翠色の瞳を瞬かせ、綺麗に笑って了承する。
 魔術師と魔導師。カテゴリーは違うけれど、色々研鑽し合えたらきっと楽しい。

「じゃあ、まずはリカバリーと複写魔法追加しちゃいましょうか!」

 こんな出会いがあるから、魔術師の仕事はやめられないのだ。
 リーリエは心底楽しそうに笑って、魔術式を再構築し始めた。
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