生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

77.生贄姫は解釈違いを説く。

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 カナン王国某所。
 グラシエール子爵所有の別邸で、シャワーを浴びるその人は鏡に映る菫色の長く伸びた髪と茶色味がかった黄色の目を見つめる。

「もう少し。あと少し……だから」

 鏡に映る自分によく似た彼に話しかけるようにつぶやく。

「待っててね、レオ」

 目を閉じて、屈託なく笑っていた頃の彼を思い出す。

「私が、必ずあなたのことを助けてあげるから」

 開かれた目には強い意志が宿っていた。
 彼が助かるそのためなら、誰を欺いたって構わない。
 何度祈っても神様なんて、どこにもいなかった。仮にいたとしても助けてくれない神様など、必要ない。
 だから彼女は悪魔の手を取った。そんなことは間違っていると誰に指摘されたとしても、後悔など微塵もない。
背中に刻まれた魔法陣が恍惚と光る。

「絶対、絶対、あなただけは、私が助けるの」

 だから、名を、国を、彼によく似た本来の姿を捨てた。
 菫色の髪を明るい栗毛色に染めて、彼女は真新しいドレスに身を包む。
 ヴァイオレット・グラシエール子爵令嬢。それが今の彼女の名前。
 このカナン王国第一王子の寵愛する令嬢である。

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 早朝、準備が整った自室を控えめにノックする音にテオドールは入室を促す。

「失礼いたします、旦那さま」

 と綺麗な礼をしてリーリエが入室した。

「天気のいい朝ですね。本日は早朝からのご出勤との事なので、その前に少しお時間をいただきたく」

「リィ……距離、遠くないか?」

 テオドールは入口付近から全く近付いてこないリーリエにそう話しかける。

「旦那さま、自重と節度って言葉知ってます?」

 警戒心を声に滲ませて、リーリエがやや非難めいた口調でそう言う。

「俺が悪いのか?」

「あなた以外、誰が悪いと?」

 テオドールは苦笑しながら、

「自重や節度などと言う言葉をリーリエに説かれる日が来るとは思わなかった」

 とリーリエに近付く。

「嫌だったか?」

「……限度があります」

 テオドールから視線を外して、横を向くリーリエの赤く染まっている耳を見て昨日の事が夢ではなかったと実感する。

「まぁ、嫌がることはしない、とは言ったが手を出さないとは言ってない」

 しれっとそう言ってテオドールはリーリエの頭を軽く撫でる。

「少し、浮かれているんだ。大目に見てくれ」

 そう言われてしまえば、リーリエは強く返せない。子どもみたいにテオドールの服の端をつまんで、紡ぐべき言葉を探す。

「嫌、じゃなかった……けど、私のキャパを超えてますから! もう少し手加減してくださいません?」

 テオドールはふっと表情を緩めて了承を告げる。

「気をつけてねって言いに来たのです。今日は残念ながら私はテオ様のお側にいる事はできませんが、私は私で妃殿下としての役割を果たしてきますので」

 リーリエはテオドールに綺麗に編まれた組紐を渡す。

「お守りです。全種異常状態からの回避。効果は一回だけですけど」

 組紐に編まれた魔法は、無事に帰ってきて欲しいという祈り。

「怪我、しないでね。無理をしては嫌ですよ? あと、早く帰って……来てくれたら、嬉しい」

 敬語を外して辿々しく気持ちを伝えるリーリエにテオドールはため息をつく。
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