生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

79.生贄姫は本命に会う。

 騎士団合同演習は公開行事である。
 本来であれば親善試合を通して騎士団の技量を対外的にアピールしつつ、夜会とは趣向を変えた招待客たちの社交場でもある。
 社交場参加者の目的は様々で単に刺激を求めて娯楽の一環で観戦に来るものや優秀な人材のスカウト、令嬢の婚活の場などなどそれぞれの思惑が飛び交う。
 だが今回は実際目の前で騎士団の活躍が見られないにも関わらず、随分な数の関係者が集まったものだとリーリエは感心してしまう。
 そしてこの会場に本日はパートナーなしで一人で佇む話題の『生贄姫』は、随分と目立つことだろう。
 好奇の視線にさらされながら、リーリエはじっと機会を待つ。その”機会”はリーリエが思っていたよりずっと早く来た。

「リーリエ妃殿下にご挨拶申し上げます」

 リーリエは声をかけてきた白髪交じりのモノクルの男性に目をやる。
 後ろに3名魔術師を侍らせるその男には見覚えがあった。

「まぁ、宮廷魔術師長であられるグラハム様が私にお声掛けくださるだなんて、ありがたいことですわ」

 以前屋敷にルイスが連れてきた宮廷魔術師長ゲイル・グラハム。第2王子レオンハルト殿下の母親の生家であるノアール侯爵家の傍系の出身。当然魔術省に所属しておりレオンハルトに近い存在だ。

「以前は何せ鉄壁のナイト二人を前にお言葉を交わすこともできませんでしたからね」

「ふふ、私は旦那さまのお許可がありませんと表に立つことはできませんのでご容赦くださいませ」

「テオドール殿下は妃殿下のことを随分とご寵愛なされているご様子。夫婦仲が良好なようで、両国のためにも喜ばしい限りですな」

「ええ、私には勿体ないほどに、旦那さまには良くしていただいておりますわ」

 リーリエは鈴が鳴るような声でそう笑う。運よく宮廷魔術師長が釣れたのだ。この機会は逃せない。
 リーリエの目的は彼のさらに後ろにいる。互いに言葉を交わしながら、牽制と探り合いを行う。

「時に妃殿下、魔術師としてこの国で今後も活動されていくおつもりですか? 魔術省の許しもなく」

「……それは、一体どういう意味でございましょうか?」

 本題がきたなとリーリエは淑女らしく凛と迎え撃つ。
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