生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

82.生贄姫は旦那様を引き留める。

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 ゼノの提案を受けたテオドールは先駆けとして一人で夢魔を5体討伐した。
 第二騎士団の実力とゼノなら残りの数を余裕で処理できるだろうと踏みそのまま離脱。
そして現在、武器を手に取る悪意に囲まれている。

「騎士団の制服のままとか、舐めているのか?」

 呆れたようにそう言うテオドールはざっと状況を確認する。第一騎士団、第三騎士団の紋章の入った制服を着用している人間が半数、残りは騎士団以外の私兵と思われれる人間とどう見ても戦力外であろう一般人が複数名混ざっている。

「一般市民は夢魔被害者だな。人質のつもりか?」

「答える必要などありません。あなたはここで死ぬのですから」

「お前は第一騎士団所属だな。貴族のガキども追わなくていいのか?」

 淡々とした口調で目の前に対峙するリーダー格らしい人物にテオドールは問いかける。

「夢魔被害で療養中のはずの団員も混ざってやがるな。仮病の給料泥棒にはしっかりお灸を据えとかないとなぁ」

 とんっと愛刀で肩を叩き、好戦的に口角を上げる。

「ええ、夢魔被害者です。だから、何をしても責任能力がありません。貴方に害されれば我々は被害者です」

 にこっーとまとまりつくような気持ち悪い笑顔で対峙する団員は剣を構える。

「そして、被害者でない団員はきっと生贄姫の不完全な魔術式のせいで、夢魔対策の魔法がかからず精神を侵されてしまったのでしょう」

「今、何って言った」

 そう言う筋書きらしい、と知りテオドールの殺気が増す。背筋が凍るほど冷たい冷気がテオドールを中心に辺りに立ち込める。

「ははっ、死神らしい面構えではないですか!? それで一国の中心に仕えるおつもりですか? そんな国を喰いつくしそうな」

「足らない、な」

 テオドールは今まで自分が何を言われても特に何も感じる事はなかった。死神と呼ばれてもその通りだと思ったし、自分の背後に転がる骸の数など数えられるはずもない。
 そんなテオドールが今、初めて心底怒りを覚えていた。
 高魔力保持者のテオドールの内から漏れ出た魔力が、勝手に魔法を発動させるくらいに。

「2つ、言っておく」

 "絶対零度"の氷魔法が地面と空気を凍らせ機動力を削ぎ、"紫黒隷属"の闇魔法がその場に縫い付け動く事を許さない。

「1つ目。この首が欲しければ、この程度の人数では全く足りない。騎士団総出でようやく足止めできるレベルだ、と知っておけ」

 目を閉じて思い浮かぶのは、楽しそうに魔術師を語るリーリエの姿で。
 彼女がどれほど魔術師である事に誇りを持っているか、この魔術式を編むのにどれほど苦労して試作したか、そんな事を知りもしないで害そうとする。

『私の最愛の推しが蔑ろにされて搾取されるのは我慢ならない』

 全く、同意だ。我慢ならないと、テオドールはそうつぶやく。

「2つ目、妻への侮辱は万死に値する。楽に逝けると思うなよ」

 テオドールの殺気と威圧に当てられた一般市民と耐性のないものが、一斉にその場に倒れる。

「どうした? 俺はまだコイツを抜いてすらいない」

「……化物、め」

 テオドールは愛刀を構える。
 今後もリーリエを害する可能性があるならいっそ全員殺してしまおうか、とも思った。
だが、手首の組紐が目に止まり思い留まる。

『大事な一戦なのでしょう?』

 リーリエの声が聞こえた気がした。

「用があるのはお前たちじゃない。トーマス・デンバーはどこにいる? 洗いざらい吐いてもらおうか?」

 テオドールは迷わない。
 『いつものあなたがいい』といって、リーリエがくれた最大限の祈りと願いに報いるために。
 暗雲立ち込める空からは大粒の雨が降ってくる。

「俺は気が短いんでな。最速で終わらせる」

 そう言ったテオドールは"死神"と呼ばれるに相応しい物々しさで、抜刀し走り出した。
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