生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「あとひと月もすれば、木々が色づいてお散歩ももっと楽しくなりそうですねー。別邸周辺の植物採取もしたいですし」

「……魔獣増えるから付き合う。まぁリィなら問題ないとは思うがあの辺は危ない」

「ふふ、デートみたいですね」

「そうだなって、自分で言って照れるなよ」

「いや、そうあっさり肯定されると、なんかこう……ですねっ」

 ただの軽口のつもりだったのに、テオドールの口から肯定されて照れるなと言う方が無理だ。
 テオドールからの告白を受けたあの夜、優しくし合うことを許し合ってから、こういう会話が増えて、その度にリーリエは心臓に悪いとトキメキに耐えていた。

「さて、着いたな。屋敷内なら好きにしていいから、大人しくしてろよ」

 歩みを止めたテオドールはくしゃくしゃと優しくリーリエの蜂蜜色の髪を撫でる。
 テオドールに優しくされる度に、リーリエの中に今まで知らなかった"好き"が積み重なっていく。
 テオドールの熱の込もった青と金の目が好き、優しく撫でる長い指が好き、低く穏やかな声が好き、一生懸命言葉にしようとしてくれるところが好き。
 こんな平穏な毎日をずっと続けられたら、と願う程に、好きだから。

「……そろそろ、外出許可を出して頂く事はできませんか? 旦那さま」

 こんな平穏な生活を所望するなら、この物語《ゲーム》の主人公やヒロインはリーリエではなく、この世界は自分のことを害そうとするくらい嫌いらしいという現実とそろそろ向き合わなくてはいけないのだろう。

「いつもみたいに"好きにしろ"って、言ってくださらないのですか?」

 黙って眉間に皺を寄せるテオドールにリーリエが笑いながら問いかける。

「……どうしても、か?」

 非常に難色を示しながらテオドールが尋ねる。

「どうしても、です」

 翡翠色の瞳は譲らない事を強く示す。テオドールは軽くため息をついて、了承を告げた。
 どうせ、止めたところでリーリエが聞くわけないのだ。

「大丈夫ですよ、旦那さま。私がやる事もやりたい事も結局は突き詰めれば"推し活"でしかないので」

 リーリエはそう言って笑う。
 まずは知らなくてはいけない。この物語《ゲーム》の主人公とヒロインについて。そして破滅フラグを叩き折るのだ。

「まぁ、どれだけ推しが増えても、私の最推しはテオ様一択なんですけどね」  

 怪我から回復したリーリエは、そう言って推し活の再開を宣言した。
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