生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……旦那さまのお仕置き(ハニートラップ)がヤバい」

 前回言う事を聞かなかったリーリエがテオドールから受けた罰を思い出し、顔を手で覆い耳まで赤くしてそうつぶやく。

「されたくなかったら、約束守ってればいいだろうが」

「旦那さま、顎くいも壁ドンも二次元以外でやったらただのDVですよ? ただしイケメンに限る、は満たしてますけど。あと私できたらやられるより鑑賞したい派です。あ、でも他の女性にされるのもそれはそれで嫌なので、ゼノ様かノアあたりだといいかなーって」

 ふっと綺麗に笑ったテオドールから、割と強めに頭頂部に鉄拳を落とされたリーリエはその痛みと衝撃に疼くまり、己の失言を後悔した。

「旦那さまの私に対する扱いが日に日に雑にっ」

「リーリエが悪い」

「……言い返す言葉もございませんっ」

 キッパリ言い切るテオドールにリーリエは涙目になりながらそう言う。

「そこまで痛くした覚えもないんだが」

 座り込んでいるリーリエに視線を合わせるように腰を落としたテオドールは、リーリエの頭を撫でる。テオドールの少し困ったような顔を見て、リーリエは推しが近くで見られる幸せを噛み締める。

「おかえりなさいませ、テオ様」

 表情を崩して笑うリーリエがあまりに幸せそうな顔だったから、テオドールは自分の中に湧き上がってきた色々な感情を誤魔化すように蜂蜜色の髪をぐしゃぐしゃになるまで乱暴に撫でた。

「ちょっ、旦那さま!? 私の事イヌネコと勘違いなさってませんか?」

「リーリエが悪い」

 ぐしゃぐしゃにされてしまった髪を整えながら抗議するリーリエに、ため息混じりにそう言ったテオドールは、

「ただいま、リィ」

 最愛の妻を優しく見つめながら、そう言えるささやかな幸せを享受した。
 リーリエはテオドールに取ってもらった書物を今日は諦めようと棚に戻そうとして、手を止める。

「どうした?」

「……師匠の、研究記録」

 表紙に書かれていた記録者の名前。それは古代文字で書かれていたけれど、間違いなくリーリエの師の名前だった。

「旦那さま、帰宅時間遅くなってもよろしいでしょうか? フィーに質問したいので」

 リーリエは書物を棚に戻さず、そのまま持ち出す。リーリエが見た事のない師の研究記録がここにある理由は、フィオナなら知っている。それがこの行き詰まっている状況の打開に繋がるとリーリエは直感的にそう思った。
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