生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「12年前、カナンで。一瞬、だったし……女の子の恰好だった。……から違うかも、しれないけど。護衛に見覚えがあって、なんでここに? って思ったの覚えてる」

 12年前なら、リーリエが前世の記憶を取り戻したか否かといった時期だろうか?
 考え込むように下を向いたリーリエに、フィオナは小さな声でごめんねとつぶやく。

「なぜ、フィーが謝るのでしょう?」

「フィーとアリスが、リリの立ち位置をさらに悪くした……から」

 伏し目がちに視線を落とすフィオナの申し訳なさそうな顔に見覚えがあり、リーリエは12年前とフィオナがカナンに渡った理由を結び付ける。

「ええ、非常に困りました」

 リーリエの言葉に反応し、ピクリと肩を震わせたフィオナの側に行き、膝をついてその顔を覗き込む。

「あんなに素晴らしい魔力遮断のアンクレットの製作者が分からず、師匠も口を割ってくれないのでお礼の一つも言えず、ずっと困っておりました」

 魔力耐性ゼロの母が無事に弟妹を生み、公爵夫人としての立場を確立させることができた恩人が目の前にいることを知り、リーリエは顔をほころばせた。
 リーリエの翡翠色の瞳には陰りがなく、本心から感謝と敬意を示していることが分かる。

「私たちの恩人は隣国にいらしたのですね。母を、私の可愛い弟妹を、そしてアシュレイ公爵家を救っていただき、本当にありがとうございます」

 顔をあげたフィオナに対し、リーリエは淑女として最大限の礼をして見せた。

「跡取りが生まれたことで、リリ、つらい目に遭ったんじゃ……ない、の?」

 フィオナはずっと気がかりだった立場の弱かったはずの少女とこうして対峙し、彼女が笑っていることを不思議に思う。

「いえ、むしろ弟と妹を愛で倒しておりますが? うちの天使たちというか、妹に至ってはもはや女神。滅茶苦茶可愛いのですよ。姿絵見ます?」

 ぐっと食い気味に力説するリーリエ。何せリュオンもシャロンも前世からの推しである。無事生まれてきてくれてどれほど感謝したかしれない。

「フィーが気にすることなど、何もないのです。むしろ、高魔力持ちの弟妹の存在のおかげでこうして国外に出られている身としては感謝しかありませんね」

 そもそも前当主たちのリーリエに対する酷評は弟妹の存在関係なく今も続いている。そしてリーリエ自身は魔力量の多さなど取るに足らないことだと気にしていない。

「そう、役に立っているなら、よかった」

 自分の作った魔道具で、誰かを害したくない気持ちが分かるリーリエは、ほっとしたように表情を緩ませるフィオナに再度お礼をのべた。

「リリの時も、間に合えばよかったのに、ね」

「私はこの色味、結構気に入っているのですよ」

 翡翠色の瞳はそういって優しく瞬き、

「旦那さまもお気に入りのようですし、ね?」

 いたずらっぽくそう付け足す。
 突然話を振られ、言葉を紡げなかったテオドールの代わりにフィオナは揶揄うように、

「お熱いことで」

 と静かにそう言った。
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