生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

89.生贄姫は墓穴を掘る。

 騎士団合同演習の当日、ルイスから予告のあった『厄介事』は突然テオドールの屋敷にやってきた。

「お久しぶりです、リーリエお嬢様。相変わらずお変わりないようで何よりです」

 凛とよく通る声に洗練された立ち振る舞い。半年近くぶりに再会した彼女は、相変わらず隙が無くそして美しく微笑むその背後に鬼の幻影が見える程激怒していた。

「ふふ、ラナったら面白い冗談ね。私、もうお嬢様ではなく、妃殿下よ」

 リーリエはラナと呼んだ、亜麻色の髪に碧眼の彼女を見ながら淑女らしく微笑む。

「いいえ、お嬢様。あなたは変わらず私共の大事な"お嬢様"でございますよ」

 ふふふふふ、と笑顔を浮かべる両者の間で冷気が漂う。その物々しい雰囲気に、なんと言えばいいのか分からず、テオドールは非公式でカナン王国からやってきた使者とリーリエの間で視線を漂わせるしかない。

「まさかラナが来るとは思わなかった。ごめんって」

 先に表情を崩したのは、リーリエの方だった。

「何をやっているんですか、お嬢様は。今すぐカナン王国に連れ戻されたいので?」

「うわぁー、お父様もしかしなくてもお怒り?」

「割とガチめに"嫁に出すにはやっぱり早過ぎたね。取り戻そうか"と、おっしゃっていましたよ。あの方を本気にさせたら、フォローとか絶対無理ですからね。公爵家が荒れます。勘弁してください」

 ラナは呆れたようにリーリエにそう忠告する。リーリエは頭痛を抑えるかのように米神に手を当てて、やらかしたなぁとため息をついた。

「旦那さま、ご紹介いたします。私の専属の秘書兼護衛兼まぁ、なんでも係だったラナといいます」

「リィ様、紹介が雑過ぎます。護衛なんてさせてくれたこと一度もないじゃありませんか。あと、私リィ様の専属降りたつもりありませんので勝手に過去形にしないでください」

 ラナがリィ様と呼んだ事で、テオドールは彼女がリーリエにとって家族に準ずる存在であると知る。
 そして、それをわざわざテオドールに分からせるようにテオドールの前でそう呼ぶことで牽制されていることも。
 ルイスの謝罪の意味を悟り、確かに『厄介事』だな、と内心でつぶやいた。

「非公式とはいえ、ルイス王太子殿下の計らいとアシュレイ公爵様より許可を得て派遣されております。リィ様におかれましてはカナン国内とグラシエール子爵家のご情報が必要なご様子。どうぞ、このラナを如何様にもお使いくださいませ」

 ラナは流れるように美しい動作で礼をして、リーリエに傅いた。
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