生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……旦那さまはお怒りではないのですか?」

「何に対してだ?」

「先程私は随分と生意気で失礼な物言いをしましたので」

 リーリエはダンスの間に捲し立てた内容について後悔はしていない。が、多少なりと反省はしている。
 もう少しマシな伝え方があっただろう、と。

「……っふ、先ほどは随分と意気が良かったくせに。お前は、やはり変わっているな」

 喉元をくくっと鳴らし、テオドールは静かに笑った。その微笑はとても不器用で、感情の表し方を知らないかのような笑い方だった。

『初めて、見たかも。カードだって、スチルだって、笑っているシーンなかったもの』

「物言いは特に気にしていない。忠告も聞き入れよう。俺に対して臆せずもの言える貴族令嬢は、お前が初めてだしな」

 テオドールの物言いはやや柔らかくなっており、隣にいても圧を感じない。信頼を勝ち取れたわけではないだろうが、興味は持ってもらえたのかもしれない。
 あんな意味の分からない用語を乱用したというのに、一体何が彼に刺さったのか?

「旦那さまの方こそ、変わっていらっしゃいますね」

 リーリエは小首を傾げ、嬉しそうに囁いた。

「後は適当なところで切り上げるか」

「よろしいのですか? 主役が中座しても」

「いる意味も特にないだろう。義務は果たした」

 さして面白くもなさそうにテオドールは辺りを見回す。
 確かにその通りだ。十分に義務は果たし、嫌になるほどの好奇の視線を浴びた後の自分達にはもう興味がないと言わんばかりに宴は進んでいる。
 遠巻きに眺められることにももう飽きたし、テオドールと共に抜けるものいいかもしれないとリーリエがそう思った時だった。
 テオドールの目が急に険しいものに変わった。
 ふらふらと踊るようにおぼつかない足取りで、綺麗なドレスを着た華やかな女性が近づいてきた。
 ふわふわと揺れる美しく長い銀糸。ボリュームのあるプリンセスラインのドレスをきていても華奢だと分かる体躯。そこから覗く肌は血の気が引いたのではないかと思うほど白い。

「ステラリア」

 テオドールが彼女の名を呼ぶのと、焦点の合わない碧眼でこちらを見た彼女が、急に意識を失い倒れるのはほぼ同時の出来事だった。
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