生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 完全に拗ねてしまったリーリエを見て、やり過ぎたなと苦笑したテオドールは仕方ないなと優しげな目線をリーリエの小さな背に送って話しかける。

「そうでも、ないんだがな」

 テオドールはリーリエの長い蜂蜜色の髪に手を伸ばし、梳かすように撫で軽く引っ張る。

「リィ、お手」

 テオドールにそう言われ、やや不満そうに向きを変えたリーリエは無言のまま素直にテオドールの差し出した手の上に自身の手を重ねる。
 テオドールは重ねられた自分より小さな白い手を大事そうに握って、青と金の目を真っ直ぐリーリエに向ける。

「割と、これだけで充分満たされてる」

 そう言ったテオドールは僅かに表情を緩めた。その変化に翡翠色の瞳は大きく見開く。

「リィだけだ。側に置きたいと思ったのも、これからが欲しいのも」

 テオドールの低い声が淡々と言葉を紡ぐ。

「大事にしたい、と思う。が、そういうのは初めてで、正解が分からないから。間違っていたら教えて欲しい」

 テオドールは繋いでいない方の手でリーリエの顔にかかった蜂蜜色の髪を耳にかけてやる。テオドールが触れたところから熱が灯る。
 リーリエは恥ずかしさで全力で逃げ出したくなるのに、繋がれた手がそれを許してくれない。

「な? リィが思うより、ずっと初めてが多い」

「……テオ様、私のこと殺す気ですか!?」

 テオドールと顔を合わせておくことが出来ず、リーリエは身を捩って顔を伏せた。本気で言われていることが分かるだけに、揶揄われるよりも、ずっとタチが悪い。

「そんなの、絶対他所でやらないでくださいね? もれなく全員堕ちますからっ。むしろ襲われても文句言えないレベル」

 リーリエはただでさえイケメンなのに、イケメンがイケメンで可愛い事言ってると語彙力が行方不明の状態で悶絶する。

「……ホントに、心臓もたない」

 うぅっと唸り声をあげながらテオドールの方を見ながら、

色仕掛け(ハニートラップ)は程々にしとかないと、本当に綺麗なお姉さんたちに襲われちゃいますからね?」

 とリーリエは小さな声でそう言った。

「別に色仕掛けのつもりはないが、本命《リィ》は堕ちないし、襲ってこないから説得力に欠けるな。恋愛偏差値初等部以下だし」

「本当にそのフレーズ気に入ったんですか!? 乱用し過ぎでは」

 と抗議するリーリエに、

「まぁ、俺が勝手に好きになっただけだから。俺はリィに無理をさせる気はない。リィも答え出さなくていいし、変に返さないととか身構えなくていいから」

 テオドールはそう言ってリーリエの頭をぽんぽんと撫でた。
 そこでリーリエは初めてあれ? と気づく。

「……テオ様、私の事どう思ってます?」

「惚れてるが? 恋愛的な意味で」

「えっと、ありがとうございます。ではなくて、私が……その、テオ様をどう思ってると思ってます?」

「"推し"っていうか、お気に入りだろ? で、いつか離婚して捨てる予定の書類上の夫」

「言い方! ではなくて」

 嘘でしょう? とリーリエは焦る。
 確かにはっきり好きだと伝えていないけれど、キスまでした仲なのに? と。
 あれ以来愛称呼びとスキンシップは増えたけど、確かにキスのひとつもされてないけども。
 自分の気持ちがミリも伝わってないのか、とぐるぐる思考が渦を巻く。
 アレ!? これどうしたらいいの? 何が正解? 襲えばいいの? どうやって? と疑問符だらけでリーリエが迷走し始めたところで、テオドールがくくっと喉を鳴らして笑い出す。

「リィはなんとも思ってない相手に唇許したりしないだろ?」

 とリーリエの長い蜂蜜色の髪をひと掬いとってそこに口付ける。

「少し意地悪し過ぎたな」

 そう言って少し意地悪そうに自分を見てくるテオドールに、揶揄われたのだと知りリーリエは初めて自分から抱きついた。
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