生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

90.生贄姫は旦那様の初めてを奪う。

 夜、リーリエはテオドールの寝室の床で自主的に正座をしていた。
 別邸に帰るのを引き止められ、寝室に押しかけられたあげく、昼のラナとのやり取りを聞かされたテオドールはそんなリーリエを見て、肩を震わせて笑っていた。

「そんなわけで旦那さま、ラナ滞在中はソファーか隣室の床お借りしてもいいですか?」

 ああーもう好きなだけバカにしてくださいと最初から白旗を上げているリーリエは、テオドールに素直にお願いする。

「ダメだ」

 いつまでも床に正座したままのリーリエを抱え上げて、

「俺がソファー使うから、リィはベッドな」

 とベッドに連行した。

「いけません。ベッドでちゃんと寝ないと。明日もお仕事でしょう?」

 そのまま出ていこうとするテオドールの手を掴んで、リーリエは引き留める。

「自分のせいですし、私はどこでも寝られますので。テオ様がベッド使ってください」 

 懇願するようにそう言うリーリエにテオドールはため息を漏らす。こういう顔をした時のリーリエは譲らない。

「リィ、ここは誰の部屋だ?」

「テオ様です」

「選択権は?」

「テオ様にあります、けど」

「じゃあ2択な。俺がソファーで寝るか、一緒にベッドで寝るか。どっちがいい? これ以上譲歩しない」

 テオドールは選択肢をリーリエに出す。リーリエはうぅっと小さく唸って観念したようにテオドールの手を離す。

「それ、実質1択じゃないですか」

 離した手で軽くベッドを叩き、

「なるべく、邪魔しないようにしますから。ベッド使ってください」

 一緒に寝ることを選択した。

「正直、こっち選択するとは思わなかった」

 テオドールはベッドの端で小さくなっているリーリエに話しかける。

「そんなに警戒しなくても、恋愛偏差値初等部以下のリィが嫌がる事も怖がる事もしない」

 全く意識されていなかったころに比べたら、随分進歩したなぁと頬を膨らませて睨んでくるリーリエを見て小さく笑った。

「なんですかそれ。そのフレーズ気に入ったんですか。失礼な」

「いや、割と的射てんだろ」

 リーリエはばっさり言い切るテオドールにひどいと抗議し、まくらに顔を伏せる。

「そりゃ旦那さまは遊び慣れてらっしゃるかもですけど!? こっちは一応でも婚約者がいた身なのですよ」

 そうでなくてもなりふり構わずずっと忙しくてそんな暇は1ミリ足りともなかった。
 灰色どころか青春時代真っ黒なリーリエはあからさまに不貞腐れた様子で、テオドールに背を向ける。

「……私ばっかり初めてで、ずるい」

 ただでさえ持つ予定のなかった厄介な感情と想定外の事態に振り回されているのに、とリーリエはそう小さくつぶやいた。
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