生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

94.生贄姫は物語を仮定する。

 リーリエは机の上にたくさんの資料と師の研究記録を広げ、そういうものだと思って聞いて欲しい、と前置きをして語り出す。
 これは、まだ仮定で検証されていない、そんな『とある大賢者とお姫様』の物語。

 この話において時間軸や時系列は意味をなさないので、様式美として『昔々、或るところに』と始めよう。

 昔々、或るところに、人々からのちに『大賢者』と呼ばれるようになる人物が存在した。

 その人の名は”ヘレナート・プラッター”
この世界でのちに『ギフティ』と位置付けられる奇跡のような存在の彼は、いつまでも"子ども"だった。

 大人になれないことと引き換えに、神から彼に与えられた特殊な才は『好奇心』

 彼はその好奇心でもって、世界の謎を次々に解いていく。ありとあらゆる事象を可能とし形造っていったのだが、子ども故にその『好奇心』が満たされる事はなく、いつも心が飢えていた。
 新しい知識に、新しい発想に、新しい事象に、飢えると同時に恐れていた。
 満たされる事のない『好奇心』が、新しい何かを発見できなくなることを。
 そして、あまりに高度で複雑なその思考を、誰も理解してくれないという孤独。
その心を蝕むには十分だった。

 ひとつの世界に飽きた彼は、別の世界に渡る事にした。『好奇心』で複雑な術式を編み出して、異世界へと転移する。新しい世界で新しい知識を得ていく。それは新しい想像を生み、新たな創造に繋がる。
 それでも『好奇心』は満たされない。

 そうして彼が渡った世界の中で、大陸続きに2つの国が存在するところがあった。
 一方をカナン、もう一方をアルカナと呼ぶこの2つの国は時に友好的に、時に敵対しながら、お互いを意識し合い歴史を刻んで来た。

 この世界のカナンという国で、彼は最愛に出会う。
 彼女の名前は『ウルーリカ』
 ヘレナートが『ルカ』と呼んだ彼女には、生まれつき魔力と呼ばれるモノがほとんど備わっていなかった。その代わりなのか、彼女は感情と呼ばれるものを察する能力に非常に長けていた。彼女もまたギフティだったのだろう。だが、彼女のそのギフトは魔力を絶対とする魔術師の名家では何の役にも立たなかった。
 それでも、ルカのその能力はヘレナートを初めて満たしてくれた。
 彼女の隣で生きた事でヘレナートは初めて気づく。
 『好奇心』を満たしたかったのではない。彼はただ、褒められたかったのだと。
 子どものように、ただ純粋に、誰かに認めて欲しかったのだ、と初めて知った。

 ヘレナートの能力を当たり前のように略奪し続ける他の人とは違い、ルカはヘレナートに何も求めなかった。
 彼女は新しい何かを創造するよりも、今あるものを慈しみ大切にするタイプだった。
 『好奇心』とは正反対のそれは、魔術師の名家ではかなり浮いた存在であった。

 ヘレナートは考える。
 自分にとっての最愛の彼女が蔑ろにされることが、我慢できなかった。
 魔力がない事が問題ならば、魔力を持てばいい。そうして練った構想が"賢者の石"だった。
 だけど、ルカは首を振る。
 そんなモノは欲しくない、と。

 カナンとアルカナの情勢が良くなかったこの時代で、ルカはアルカナに嫁ぐ事になったとヘレナートに別れを告げる。
 要するに、人質だった。
 子どものように泣き叫ぶヘレナートを宥めてルカは笑う。

『これが私の運命なの』と。

 ルカはヘレナートに宝物なのと、アレキサンドロスの魔石を渡した。
 女神の力を宿すというその魔石は、願いを叶えてくれるのだとそう告げて。

『あなたの願いは何かしら?』

 謎かけのようにそう言って、ヘレナートの元を去った後、人々の感情を操る悪女として彼女は断頭台で処刑され、その名を歴史から永遠に消した。
 冷戦の終結と多くの人間の安寧と引き換えに。
 ルカのいない世界に耐えられなかったヘレナートもまた、その姿を目撃される事が無くなった。
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