生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

106.生贄姫は目を覚ます。

 時間は数刻前に遡る。

 テオドールは闇夜の中にある人の気配に視線を上げた。
 猫のような金色の眼に、プラチナブランドの髪の青年は自分の存在を隠す事なくテオドールの前に立ちはだかる。

「初めましてとこんばんは、死神さん?」

 妙に癇に障る話し方と声音にテオドールの威圧感が増す。

「ああ、そんなに怒らないでよ。俺、基本的に非戦闘員なんだよねぇ。翡翠の眼を持つ劣等種に負けるくらいの、ね」

 神経を逆撫でする話し方はわざとなのだろう。劣等種。リーリエを侮辱する呼び方をする、彼女曰くスケコマシで他力本願のロクデナシ。

「用件は手短に願おうか、フィリクス」

「ふふ、俺の事話してくれてるみたいで嬉しいよ。どうせ、ロクでもない元婚約者として話しているんだろうけど」

 その通り、だいたいロクでもない話しか聞いていない。テオドールのそんな表情を見てなのか、

「相変わらず、嫌われてるなぁ。リーリエは俺に対してだけはストレートに嫌悪感表すしな」

 と、嬉しそうにそう笑った。

 テオドールはフィリクスと対峙してみて、先日のリーリエとのやり取りを思い出す。

『多分、フィリクス殿下の方から接触してきます。今は屋敷の周りが厳戒態勢なので、来るとすれば、私がいなくなった後でしょう』

 どうして来ると言えるんだ、と尋ねるとリーリエはとても嫌そうに顔を顰めて、

『あの人、どうあっても私の事を当て馬にしたいみたいなので』

 とラナからもらったという報告書をテオドールに寄越した。
 そこには常に寄り添って公務をこなすフィリクスとヴァイオレットの様子が詳細に書かれていた。特にここ半年はリーリエが支援していた先に出向く様が記録されている。

『本来、あの人に嘘の類は通じません。どうせ本人がバラすと思うので言いますが鑑定士のスキル持ちなので。誠実さを装って女の子を籠絡させるなど、スケコマシ以外のなんだと言うのです』

 ただし、そんな貴重なスキルをフィリクスは使おうとしない。嘘だらけの世界で、知りたくもない事実を突きつけられることをよしとしなかったフィリクスはスキルレベルを上げることを放棄した。

『アレのデビュタントでボッコボコにやり返した時、ついでにハニートラップが絡む時、鑑定が強制発動するように魔法式の正式な契約書で縛りました。解除されてないところを見るとまだ有効なはずなので、ヴァイオレットさんの絡む今回の事態もおおよそ把握できてるはずです。多分』

 リーリエは遠い目をしてため息をつく。
 なんで多分なんだ、と尋ねるとリーリエはとても嫌そうな顔をして語った。

『分かっているはずなのに、真実の愛を探すなどと世迷いごとをほざいて、わざわざハニートラップに引っかかりに行くのですよ。だから、アホだと言うのです。スキルだって上手く使えばいいものを、努力を放棄して、人に仕事も責任も押し付ける。だから、私はあの人が嫌いです。嘘が分かる彼に嫌いだとはっきり言い続けたのは私なりの誠意のつもりです』

 本物を求めるくせに嘘を見破ることに慣れる事ができず、そんな自分を隠すように嘘つきで弱い彼は支配者向きではないのだろう。

『それでも、ヴァイオレットさんが彼にとっての最愛だと言うのなら、なりふり構わず来ますよ。アレでロマンチストなので』

 ため息をつきながらそう締めくくったリーリエの考えはどうやら正しかったらしい。

 フィリクスは懐から出した何かを指の間に挟みテオドールに見せる。

「持ち出すのに苦労しちゃったぁー。何せ国宝だし」

 瑠璃色をしたそのカケラからはテオドールが見た事のない種類の魔力の流れを感じた。

「付いてきなよ。行き先、一緒だから」

 さも当たり前のように促す。

「ヴィに聞いたこと、移動しながら話すから。まぁそんなわけで、あとはよろしく」

 事態の収拾を投げる気満々の他力本願なフィリクスはそう言って、彼女の物語の代弁を始めた。
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