生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

110.生贄姫はお役御免になる。

「……切り捨てれば、いいんだな」

 ルイスの話を聞いて、テオドールは覚悟を決めたようにそう言った。

「テオ?」

「我が国に、人質として使えない、価値のない生贄など不要。と、突き返せ」

 テオドールの言葉に、ルイスは目を見開く。

「……正気、か?」

「正気だ。リーリエと離縁する。それで、晴れてリーリエはカナンの人間で、アシュレイ公爵令嬢に復帰だろ」

 テオドールの声は真剣だった。

「リィは、絶対この方法を選ばないから。だから、俺が選ぶ。リィから、何も奪わせない。大事なんだ。俺にとっては、国よりも。だから、手を離す」

 政略結婚の条件変更書。目立つ大きな条件変更の中にそっと混ぜられた些細な変更点は、リーリエが不当な扱いを受ける事がないように彼女の身の安全を保証するもので。
 ラナの態度や物言いからもアシュレイ公爵家がリーリエを取り戻そうとしている事が伺えた。

「リィを公爵家に返せば、大聖女の加護も受けられるように配慮するだろう」

 リーリエは家族から愛されている。ならば、アシュレイ公爵からすればこれはきっと彼女を取り戻す好機なのだろう。

「履行担保がなくなったとしても、今のところ事態が大きく動く心配はないし、カナン側から戦争をしかけられることもない。仮に向かってくる奴がいれば、その首は俺がきっちり刎ねてやる」

 物騒な内容とは裏腹にテオドールは穏やかな表情で言葉を紡ぐ。

「でも、きっとリィが俺を死神にはさせないから」

 リーリエはテオドールが死神だと蔑まれる事をひどく嫌う。だからきっとカナン王国に帰ったとしても、テオドールが戦場に駆り出されることがないように暗躍するだろう。

「だから、生贄姫はもう必要ない」

 そう言ってテオドールはルイスにリーリエとの離縁を申し出た。

「……後悔、しないのか? お前にとって、リリはもう唯一の家族だろ」

 テオドールはリーリエをリィと呼んだ。それは彼女が家族とそれに近しいものにしか呼ばせない愛称だ。
 正直ルイスもその手を考えなかったわけではない。それでも、2人を見ていてそうさせたくはなかった。

「後悔? するわけないだろ。俺は、リィに関しては1ミリたりとも譲る気もなければ、妥協する気もない」

 テオドールは左手の薬指に留まる指輪を撫でる。
 彼女の名に誓った目標。それを変える気は無い。

「今度は、俺がリィを迎えに行く。何年、かかっても。絶対に」

 今は手が届かなくても、それを望めるだけの力を手にして、会いに行く。
 それが、テオドールの下した結論だった。
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