生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 それは決定事項としてルイスからリーリエに手渡された。

「私は、お役御免という事ですね」

 リーリエは両国の王家の紋章印が入った"人質の返還に関する取り決め書"にざっと目を通し、渡された離婚届に目を落とす。
 離婚届は見慣れたテオドールの綺麗な筆跡で既にほとんどの項目は記入されていて、あと埋める項目はリーリエの自署のみとなっていた。

「リリ、テオはさ」

「聞きたく、ありません」

 ルイスの言葉を遮ったリーリエの声は、冷たくはっきりと拒絶を示す。

「テオドール様のお気持ちを、テオドール様の口以外から聞く気もありません」

 王家の紋章印は本物で、どうあってももう覆らないことは分かりきっていた。
 離婚など2人の問題のはずなのに、何の相談もされなかった。腹立たしいと思う一方で、今まで自分が他者にしてきた事が返ってきただけのような気もした。

「……旦那さまのお決めになったことに、私は異論ございません」

 もし自分が逆の立場だったならきっとこの手を選んだだろう。
 頭では理解していても、心が分かることを拒絶していた。

「リリ」

 心配そうに自分を呼ぶルイスにふっと息を吐いたリーリエは、ペンを手に取る。

「出て行く予定が、思っていたより早かったというだけのことです」

 テオドールにこの選択をさせた自分が情けなかった。テオドールはどんな気持ちで離婚届を記入したのだろう、と考えてリーリエは胸が苦しくなり、記入していた手が止まる。

「もう、この名を名乗ることもないのですね」

 テオドールとお揃いだったアルカナ姓の綴りを書き終えたリーリエは静かにペンを置く。

「私に残された猶予は1週間、ですね。片づけておきたいことがありますので、今日はこれで失礼します」

 リーリエはルイスに記入済みの離婚届を渡し、淑女らしく礼をすると部屋から出て行った。
 パタンと閉じたドアの音を耳で聞きながら、リーリエは歩みを速める。

『ここを去るまであと、1週間。それまでにできること! 今すぐ、考えないと』

 離婚を言い渡されたその翡翠色の瞳は決して諦めてやるものかと強い意志を宿していた。
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